レジ袋のサイズを客側に選ばせると逆効果になる理由

たまに、スーパーとかコンビニ、薬局等で、「レジ袋のサイズ」を客側に選ばせるパターンが存在している。
チョコとビール、あとカップラーメンの会計を済ませた後に「レジ袋のサイズはいかがされますか?」という具合だ。


この方法は「レジ袋を削減して環境対策しよう」という観点からは、効果がないどころか、逆効果だ。

 

経済学の第一の原則がそのことを教えてくれる。
それは、「人間は誰しも自分の満足を最大化するよう行動する」というものだ。

それを以下で説明する。

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あなたが買い物をした後、レジ袋のサイズを「Sサイズ」から「Lサイズ」まで自由に選べるとしよう。Sサイズは無料だが、Lサイズは追加で3円払う必要がある。よくあるよねこういうお店。


さて、ここで「経済的」な人間であれば、必ずLサイズを選択することになる。
それはなぜか? 

Sサイズ、Mサイズの袋を選んでおきながら、いざ自分が買った大根6本をぎゅうぎゅうに荷詰めしたら全く収まりきらないというリスクがある一方で、それが回避できる方法が他にあれば、合理的な人間であれば必ずそっちを選ぶからだ。

(はいはい、「本当に合理的な人間だったら、将来の温暖化リスクが最も怖いはずだから、たとえ大根が入らなくてもSサイズを選びますよ。あなたそんなに意識低いんですか?」と思いますよね。でも、少なくとも1人の消費者の行動を考えた時、500年後の温暖化による地球消滅リスクより、目の前の大根が入らないリスクを多めに見積もるものとしてここでは考えます。)


今のは大根6本とわざとらしい例だったが、これが仮にチョコレート1個だけだとしても、お客からすればLサイズを貰うのが合理的だ。


というのも、袋というものは「大は小を兼ねる」代表例なので、LサイズではなくSサイズを貰うことによって得られる追加的な利益は殆どないからだ。
あるとすればせいぜい数円の袋代が浮くことと、500年後に起こるかもしれない温暖化が0.000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000001%くらいマシになるかもしれないという満足感だが、これは合理的な人間の行動を変化させない。

 

他方で、大きなビニール袋というのは家庭でも色々な用途に使えるから、客側に袋のサイズを選ばせることにより、本来は小さな袋で十分だったのに、数円払ってわざわざ大きな袋を買うという選択が新たに出現することになる。

これが、本来はビニール袋を減らしたいという目的から逆効果になる理由だ。

 

これに対して、店員側が袋のサイズを選ぶと、はじめて「モノのサイズ」と「袋のサイズ」をきちんと適合させることができる。
店員にはお客に大きな袋を渡して嬉しいことなんか無いし、レジ業務に熟練している人であれば、「この量であればSサイズで十分」といった判断も可能だからだ。


つまり、目的達成のためには、「レジ袋を有料化する」うえで、「店員が袋のサイズを指定する」ことが必要になる。
それをしないレジ袋有料化は、逆に「金さえ出せば不相応に大きなレジ袋が買える」という意識に繋がるのだ。


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今のがわざとらしい例だとお思いの人に、ひとつ有名な例を。


ある保育園では、閉園後にお迎えにくる親の「遅刻」に悩んでいた。
そこで、閉園時間をとっくに過ぎてから子を迎えにくる親に対し、罰金を支払わせることにした。


それでどうなったか? 罰金が嫌だからみんな時間通りに迎えに来たって思いますよね? 「合理的」な人間はそうならなかった。

閉園後に遅刻してくる親は、むしろ増えたそうな。

というのも、これまでは「規則」として遅刻厳禁としていたものが、罰金を払わせることによって、親側に「金さえ払えば遅刻してもオッケー」という意識を与えたというのだ(この秀逸なエピソードは「ヤバい経済学」に掲載されているので、良かったら読んでみてください)。

 

これと同様の考え方で、俺はむしろ、レジ袋を有料化すること自体がそもそも逆効果だと思う。
「金さえ払えば袋もらい放題」だと思わせる危険があるからだ。
なので、せめて「どのサイズの袋を渡すか」だけは、店員がコントロールしたほうが良い。

または、それが店員の手間になると言うならば、Lサイズの袋には全部サラダ油をぶちまけてベトベトにしておいたらいいと思う。そんな店誰がいくねん。