スマホのリマインダー機能の話

 

僕が通っているピアノ教室には、忙しい大人向けのコースがあって、自分の都合にあったレッスン時間を自分で予約するスタイルになっています。毎回、レッスンのたびに「それじゃ、来週は土曜日の11時からでお願いします」などと言って時間を確保するわけです。

 

そして、このブログをずっとお読みいただいている方であればお気づきのように、僕がこの予約時間を翌週まで記憶していることは決してありません。これは決してないのです。

 

ピアノ教室を出た瞬間に、予約時間のことなど忘れています。正確に言えば「お腹が空いたなあ」という生物にとって最も重要な衝動がそうした記憶を脳から外へ追いやるのです。


その結果、土曜日になってから「あれ? 今日って何時からだっけ?」などと、頭をかきながらピアノ教室に問い合わせるといったことを毎週のように繰り返しています。

 

予約した際には、きちんと予約時間が印字された予約票も発行してもらっています。
ピアノ教室の人も、僕のあまりの忘れっぽさを哀れんだか、あるいは苛立ったかのどっちか(たぶん両方)で、今ではその予約票の時間のところに極太のマーカーで大きな丸を書いてくれています。

 

その紙はだいたい翌日までにはなくなります。

これは、必ずなくなるのです。
以前は、そうした予約票や、忘れてはいけないことをきちんと玄関のホワイトボードに書き留めていたのですが、引っ越しを機に止めてしまって、またこのような状況となっているのです。

僕の哀れなホワイトボード事情については次の記事を参照してください。

 

amemiya-a.hateblo.jp

 

 

 

脳外科手術を受ける以外の方法で、ピアノ教室の時間を記憶しておく方法はないのだろうか。
僕はスマホの検索機能などを使って、丹念に調査しました。


そして、「いちど崖から飛び降りて生まれ変わる」という方法以外に無いことが徐々に明らかとなってきた時、僕は自分が握りしめていたスマホに注目したのです。これだ。

 

皆さんはご存じないと思うのですが、最近のスマホには「リマインダー」というアプリが入っています。
これに、たとえば「8月1日 11時 ピアノ教室」などと登録しておくと、当日、スマホが振動してそれを僕たちに教えてくれるのです。

なんて素晴らしいのでしょう! これでもう記憶する必要がありません、だって、誰かが代わりに覚えてくれているのだから!

 

僕のように、SNSに脳みそを置き忘れてきたような人は、明日の予定はすぐ忘れるくせに、かたやスマホは一日中忘れず握りしめているものですから、これを使わない手はありません。


さっそくSiriを起動して「今週の土曜日、11時からピアノ教室ってリマインドして」などと指示します。

忘れん坊のくせにいいご身分です。
が、Siriは何も不満を言うことなくリマインドをセットしてくれます。とても素晴らしい。あとは当日を待つだけです。


で、その週の土曜日の11時にリマインダーが鳴り響いてから分かったことなんだけど、これってイベントが始まる時間にセットしても全く意味ないのな。


なぜなら、「11時からピアノ教室だぞ」って、11時00分の時点ですっかり忘れてパジャマ姿の俺に言われても今からどうしょうもないんだからな。

ちょっと考えたらわかることなんだが、Siriの野郎はそれについて何も教えてくれなかった。

 

そして、今僕がSiriを使って調べているのは、人間の記憶中枢を司る海馬の手術に定評のある脳外科医に関する情報です。

ホワイトボード買お・・・。

 

 

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夏休みの絵日記と、花火大会の話

なつやすみの えにっき  

 

8がつ1にち (はれ) 【あしたは はなびたいかい】

 

 

「夏休みの日記」という宿題が、ガキの頃の自分にもあったかどうか覚えていない。皆さんはどうですか。

 

俺の知り合いは毎年のように宿題として持たされていたというけれど、自分にはそんな記憶がまるでない。

これは、

「本当にそんな宿題は無かった」、「やったけど内容が無さすぎて忘れた」か、または「毎年さも当然のようにやらなかったので、宿題があったこと自体を認識していなかった」などいずれかの可能性があるけれど、多分最後のやつだと思う。

他の宿題も同様にやった記憶がまるでないというのがその理由だ。

 

 ガキの夏休みに、そう毎日毎日何かイベントがあるわけでもなかろうに、いったい何を日記に付けろというのかわからん。しかも宿題でだよ。

40日連続でプールだの海だの行くわけないだろ。単にダラダラ寝て過ごすんじゃねえぞという戒めなのかもしれないけれど、それにしたって困るよなあ。

 

 そして、まさに今これを読んでいるガキんちょ達も「夏休みの日記」どうしよう・・・などと困っているんじゃないかな? 俺からのアドバイスを贈ろう。こんなクソみたいなブログを読んでないで勉強をしろ。

これはお説教ではない。今日は○○の勉強をしました、という日記で怒る大人はこの世界にいないからだ。頭も良くなるし、こうしたものを難しい言葉で一石二鳥という。

 

 どうしても何もしなかった日には、「しなかった日記」というのも良いぞ。これは、俺が学生時代に毎日つけていた「Yahooジオシティーズ」のブログにおいて、完全にネタが消失した際に活用していた手法だ。

使用方法はとても簡単で、要するに何かをするつもりが、しませんでしたと書くだけ。

 

8月1日(はれ):今日はプールに行こうと思っていましたが、行きませんでした。友達の高木くんと、石原くんと一緒に流れるプールに入らなかった後、プールサイドでサンドイッチを食べませんでした。楽しいか楽しくないかわかりませんでした(実際にはしていないので)。

 

この◎◎しませんでした日記のいいところは、理論上無限に書けることだ。

今日は宇宙旅行しませんでした、トランプ大統領と握手しませんでした、無差別テロを起こしませんでした。

そして更に、これは絵日記にも対応している。プールで楽しそうに泳いでいる自分たちの絵を描いたあと、その上から絵全体に大きくマークを描けばよろしい。後は夏休み明けに日記帳のカドで頭を殴られないことを祈るばかりだ。

 

 

そうそう、世間の小学校では、単に夏休みの日記ではなく、「絵日記」を提出せよという話もあるんだとか。

あのな、今どき芸大の夏休みだって毎日絵描いてよこせみたいな宿題出さないだろ(知らんけど)。

また、俺が人生で唯一描いた絵日記は、習い事のスイミングをサボりたい一心で描いた、本当は乗ってもいないウソのスクールバスの絵だとは以前書いたとおり。夏休み40日分の絵日記なんてどうしたらいいんだ?

 

そうして途方に暮れ、ウソのスクールバスの絵を描き始めている君に、とても良い方法をひとつ教えてしんぜよう。

 

 まず、お父さんに頼み、近所にある、コーナンだのコメリだのというホームセンターへ連れて行ってもらう。で、次にそこで人参のタネを買う。

これは人参でなければならん。なぜそんなものを買うのかは後で説明する。

それから、腐葉土。さらにはプランターとジョウロなど、草木を育てるためのアイテムも、家になければ買って帰ろう。

何をしているかわかるかな? そのとおり、僕たちはこれから人参を育てる。

全部含めて1,000~1,500円くらいなんで、君のお父さんが「お父さんな、パチンコでお前達を食わせてやろうと思ってるんだ」などとのたうちまわるロクでなしでない限り、このくらいは買ってもらえる。

 

で、家についたらさっそくプランター腐葉土を盛り、そこへ人参のタネを植え、ジョウロで水を撒こう。これで良い。

これで君は「人参を植える」という行為をしたことになるから、まず、初日の日記には「人参を育てた」という絵日記を書くことができる。こんな具合にだ。

 

 

8月1日(はれ):今日は ニンジン を そだてました。

 

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翌日、君はまた人参のプランターに水をやる。水をやるのだから当然、「人参を育てた」という行為になる。

従って、やはり翌日の日記にもこのような絵日記を記すことが可能となる。

 

 8月2日(はれ):今日も ニンジン を そだてました。

 

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さてここで、やや時計の針をすすめて、8月20日の絵日記を見てみよう。

次のとおりだ。

 

 

 

 

 

 

8月20日(はれ):今日も ニンジン を そだてました。

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勘のいい坊や達のことだ、これが一体何を意図するものか薄々気がついてきただろう。

 

人参の収穫期は12月

これはすなわち夏休みの絵日記の対象期間となる7月~8月の間は芽のひとつも出やしねえってことを意味している

つまり君は夏休みの間中ひたすら、このプランターに土だけが入っているどこか物悲しい風景をただ眺めながら同じような絵を描き、絵を描いてはただ眺めていればよろしい。

何ならカラーコピーしたっていい。現に俺もこのペイントで描いたこのへったくそな絵を次から次にコピー・アンド・ペーストしているだけだからな!

 

この方法には更に良い点がもう一つある。

夏に目を蒔いた人参は、12月頃に収穫期を迎えると前述したが、すなわちこれは冬休みの日記のネタにもなるということだ。

お前の絵日記って一年中ニンジンばっかだな!

 

 俺はこの方法を考案したとき、人参を両手にそれぞれ握りしめながら「やった」と台所で一人つぶやいたものだ。だが悲しいことに、俺は既に30歳を超える大人となってしまったので、こうした画期的な方法を実行に移すことままならん。

君たちのように、絵日記などというどうでも良い(と言ったら怒る人もいるだろうけれど)宿題をやることで貴重な時間が奪われてしまう子どもたちとって、この記事が有益になることを祈るばかりだ。

 

ただし、さすがに夏休み40日間通じて「土」の絵ばっかり描いたものを提出した日にゃあ、その午後には心療内科に連れて行かれるかプランターのカドで殴られるかのどっちかだろうから、本気で何も無かった日に「土」の絵を描く。このバランスが求められる。

 

具体的には次のとおり。

 

8月の日記

1日:登校日

2日:

3日:花火

4日:

5日:プール

6日:

7日:

8日:お祭り

9日:

10日:

11日:

 

 土多いな! もうちょっとどこか行けよ!

 

8がつ2にち (はれ) 【きょうは 花火たいかい】

 

 以上が今回の更新で俺が述べたかったことのほとんど全てだが、ついでに最近花火を見に行った話をする。花火大会には毎年足を運んでいる。

Twitterユーザーは一般的に根暗なものと決まっているから、花火なんていうと「そんな激混みの場所によく行くわ」などと言われるものだが、全くそのとおりで、よくみんなしてこんな人の海みたいなところ行くわ。来年絶対来んじゃねえぞ。俺は来る。

 

大人になって如実に感じるんだが、過去の、いつ、どこでどうしたという記憶がほとんどなくなりかけている一方で、「この暑い日に何した」とか「桜の下でどうした」とかいう、季節の記憶は割とすぐ思い浮かぶ。その季節の、気温や湿度、それから匂いなどが記憶を刺激するんだろう。

 

で、やっぱり人生を生きるならば、そういう思い出がひとつでも多いほうが豊かなものだと思うから、とくに大人になってからそういう季節行事にはなるべく参加するようにしているというわけ。

俺たちの日々には季節の記憶となるようなものが無さすぎて危機感をもっておる。そんな危機感を持っているやつが夏にニンジンの絵日記なんか勧めてんじゃねえぞ。

 

 

今年の花火大会の特色としては、俺が一眼レフカメラを持っていることだ。

これは去年までとは違う大きな変化なのだが、なぜか花火大会のポスターには一言も触れられていなかった。今年は花火をきれいな写真で撮りまくるんだ。

 

こうしたことを会社の同僚に述べたところ、「実際に目の前で花火が上がってるんだからファインダー越しじゃなくきちんと自分の目で見れば?」などと今度ばかりは完全に理解不能なことを言いだしたので、その日の花火大会で最も大きな火薬玉に縛り付けて空に打ち上げてやった。まったく毎度毎度失礼なやつだ。

 

その日は7時からの花火だったけれど、会場には15時過ぎに到着。かなり早いと思われるだろうが、基本的にヒマだから家で寝ているか会場で寝ているかの違いに過ぎない。 

で、花火大会が無事に始まって、よ~し早速撮影するぞ~! と思ってたら・・・・打ち上げ場所から近すぎた!! おかげで目で見る分には大迫力・・・なのはいいんだけれど、火薬の煙がすごくて(しかもこの日は風下だった)、撮る写真撮る写真みんな夜空を彩る素敵な花火ってより、その煙のおかげで「山火事」みたいな感じになる。こんな。

 

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火事かよ。

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テロかよ。

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野焼きかよ。

 

次回は、もうちょっと遠くからの撮影で良い感じの写真を撮ってみたいと思うけど、もうこの夏は花火大会なんてどこも終わってしまったろうから、仕方なくプランターの土でも撮影していようと思う。俺、人参好きだし。

 

 

 

 

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これは割合キレイに撮れた。

 

 

天気の子の感想であります!

新海誠監督作品「天気の子」を3回ほど見たので、本日はその感想を書くであります!

 

ほぼ全編にわたってネタバレなので、まだ映画館で見てない人は、この先を読むなであります!

 

 

 

  

 

 

1.あらすじであります!

 

親子喧嘩が原因で、太平洋に浮かぶ小さな島から家出した主人公「帆高(ほだか)」は、東京で一人、孤独なホームレス生活を始めるであります。

 

が、程なくして、怪しげな雑誌編集者である「須賀」と、その姪である「夏美」、そして、精霊的な力により、小規模の範囲の空を必ず晴天にできる能力を持った「陽菜(ひな)」と出会うであります。

彼ら(彼女ら)と、脈絡がないけれど充実した東京での日々を送る帆高でありますが、ある日、天気を操作したことの代償として、帆高が密かに恋心を寄せていた陽菜が消えてしまうであります!(実際には天空の世界へ転移し、そこで天気の調整を司る「人柱」となるのであります)。

 

家出少年(かつ、拳銃所持)の帆高を逮捕しようとする警察などに抵抗しつつ、帆高は命がけで陽菜と再開し、天空の世界から救出するでありますが、その一方で、陽菜という「人柱」を失った東京は、その日以降、3年以上雨が降り続き、やがて静かに水没してしまうのであります。

 

高校を卒業し、都内の大学に進学することとなった帆高は再び須賀の元を尋ね、この異常気象の原因が自分たちにあるという罪悪感を吐露するのであります。

そしてまた、恐らく自分と同じような罪悪感を抱いているだろう陽菜を、どう励まそうか悩みながら、陽菜と歩いた思い出の坂道を行く途中で、天に向かって晴天を祈る、高校生となった陽菜を目撃するのであります。

その姿を見て帆高は、この世界こそがまさに自分たちの望んだものであって、陽菜と一緒ならば「大丈夫だ」と確信するのであります!

 

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※本作はNHKの制作・著作品では無いのであります!

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2.繰り返し見るべき映画であります!

 

個人的に、「天気の子」は、同監督の前作「君の名は」と同じか、それ以上によくできた作品だと思ったであります!

 また、それと同時に、東京が水没するという結末については、公開前に監督がインタビューで語っていたとおり「賛否両論ある」だろうなあと思ったであります。

 

「よくできた作品」なんて思った俺自身も、最初に見たときは東京が壊滅したことのショックが大きくて、素直に感動できていない部分もあったであります。でも、それは2回目、3回目と見るうちにガラっと変わって、むしろその部分こそが大きな感動へと変わっていき、これまで全然なんとも感じなかったシーンで大粒の涙が流れるようになったであります!

 

なので、この映画、1回だけ見て感動した人はもちろん、釈然としない感想を持った人も繰り返し見てほしいと思うであります!(と言ったところで、期待はずれの映画の2回目に行く人なんてのはまずいないでありますが・・・)。

 

とにかくこの作品は、繰り返し見れば見るほど感動が高まる変な映画であります!

というのも、繰り返し見るうち、他の誰でもない主人公「帆高」の気持ちがよく分かるようになるのであります。

彼の行動原理(つまり、16の子どもの恋愛感情)を、僕たちが思い出す(ああいう時代は俺にも君にもあったのであります)ことで、この映画は何倍にも感動するように作られているのであります。

その通り、子どもの激情こそが、あの映画のキーなのであります!

それを取り戻すためには、映画繰り返し見るという他にないのであります、それが分かったらさっさと今夜のレイトショーの予約をするのであります!

 

 

3.ガキって基本、あんな感じであります!

 

帆高の行動は、大人達から見るとまさに非合理の暴走そのものであります。

生活のアテもなく東京へ家出する、カっとなってピストルをぶっ放す、保護しようとする警察から逃げる、しまいにゃ自分の好きな子のために天気をめちゃくちゃにしてしまう!!

 

これをもって、大人の視聴者からは「自分勝手な映画」だとか「天気の子ではなくて能天気の子」だとか、いろいろ批判がされているようでありますが、でも、それはやっぱり「大人」の見方でしかなくて、それはとても偏ったもののように思えるであります!

 

そもそもこれは世界を救う話じゃなくて、一人の子どもの青春映画なんであります!

というのも、16のガキというのは普通、世界を救おうとか思わないのであります!!

16歳にとっての世界はまさに自分そのものなのであります!!それを言い換えて、自分勝手だとかいうのであります。

これは断言できるであります。

 

世界は自分のものなのだから、何したって構わない。しかもそこへ「恋」が絡んでくるでありますから、そうなると、話はむしろ逆となり、この子の為なら悪魔にでも魂を売り渡す!!

とか、そっちのほうの(どちらかと言えばドス黒い)エネルギーに変換されるのであります!

 

 この点、よく似ているのが「エヴァンゲリオン新劇場版:破」であります。
みんな見てないだろうから簡単に言うと、この映画のラストでは好きな女の子を取り戻すために、主人公がエヴァを暴走させて世界を破滅させる!


エヴァはまさに10代の「チルドレン」の激情をテーマにした作品でありますが、あれと非常に似てる内容だと感じたであります。

 

ただそのことを考えただけで、世界の他の全てのことが黒いカーテンにかけられたように何も見えなくなる、10代の恋とはそういうものであります。ご飯も喉を通らないのであります!

 

これは俺の想像じゃなくて、君にだってそういう時代があったはずで、それを単に忘れているだけなのであります! 

大人になる過程で忘れているのであります!

 

そんで、その激情を忘れてしまっていると、劇中で帆高が陽菜のために放った2発の銃弾が理解できないのであります! あのガキ、キレるの早すぎじゃねとか思うのであります!

 

俺は、最初の1発(金髪のスカウトに向けて発砲したもの)について、帆高は本当に金髪を殺してもいいと思ったんだろうと想像するであります。それが10代の恋が生むエネルギーであります!

(物語終盤の2発目をしっかり空に向けて撃ったのは、大人の須賀と生活するうちに帆高が社会性を身に着けたからであります!)。

 

そうした激情を行動のエネルギーにしている子どもたちに対して、

「普通は警察の保護求めるでしょ」だとか、「親元でまともな生活を」だとか言うのは、全部、大人たちの「正しく間違った」コメントだと俺は思うのであります。ガキはそんなの聞きゃしねー生き物であります!

たまに、スーパーのお菓子コーナーで腹ばいになって泣き叫んでいるガキんちょに手を焼いた親が、こんこんと合理的な説教をしている場面に出くわすでありますが、そんな話を聞いてわかるようならわざわざガキやってねーよと、こういうわけであります!

 

そして、映画の最後では高校を卒業した後の帆高が、東京の天気をこんなにしてしまったことを悔やむシーンが続くでありますが、これは、大学生というある程度の大人になったことで、世界が自分だけのものでないという事を実感してきた、その変化なのであります!

 

 

4.「大人」と「子ども」の戦いであります!

 

このように、あの映画は、終始、「大人と子ども」を対比させ、「大人になるとは何か」をテーマとして進行していくのであります。

 

子どもはもちろん帆高と陽菜、凪くん、それから夏美さんであります!

そして大人は、須賀さん、須賀さんの義母、刑事、東京の人たち、そして後述するように「君の名は」の瀧くんと三葉であります! というか主人公たち以外ほぼ全員大人であります!

 

(関係ないけど、瀧くんと三葉の登場シーンは本当に素晴らしいファンサービスだと思うであります。うっかり興奮して立ち上がり、ポップコーンのバスケットを振り回しそうになったでありますが、上映中の迷惑になるからやめたであります!

 

聞けば「君の名は」にも、前々作「言の葉の庭」の先生が出てきたそうであります。

「天気の子」のあとの東京は、3年間雨が降り続いているはずなので、ここへ出てきた瀧と三葉は既に再開した後(「君の名は」の再開シーンでは連日晴れていた)だと想像できるであります。エンドロールで三葉の苗字が「立花」に変わっていたらな~~!と思って凝視していたけれどさすがに「宮水」のままだったであります! オタクの願望乙であります!

追記:「君の名は」ラストシーンは2022年のこと、天気の子は2021年のことで、単純な時間軸で考えると天気の子の時点では再開する前の話なんだそうであります・・・。

更に言うと、ここから東京はずっと雨が降って水没してしまうから、瀧と三葉は例のプールじゃなかった例の階段で知り合えず、従って、2024年に帆高が瀧のお婆ちゃん宅を訪ねた時に飾ってあった瀧の結婚写真(そんなのあった?! っていうか瀧ってまだこの時点で24歳だけども・・・)については、三葉以外の方との写真なんじゃないかという推察もあるらしい・・・。

 

しゃらくせえ!!!!
あのな、一回身体入れ替わってんだぞこっちは。

雨降ってるから出会えないとか時系列がおかしいとか、なめてんじゃねーぞ!

タイムフライヤーだぞ?!

瀧くん言ってたろ「お前が世界のどこにいても、必ずもう一度会いに行く」って。「スパークル」の歌詞にもあったろ、「運命だとか未来とかって言葉が、どれだけ手を伸ばしても届かない場所で僕ら恋をする」って!


たとえどんな手段を使ってでも三葉と再会して、幸せにやってるに決まってんじゃねーか!

(なお、君の名はのラストシーンは2021説というのもあって、それだとまったく矛盾しない。天気の子のラストで出てきた結婚写真は、三葉とのものってわけ。
というか、矛盾するかどうかに関わらず、あの二人の絆は超自然的であって、細かいことなんざどうだっていいんだよ、まったく!)。

 

 

・・・そして、その「対比」の中で、大人も子どもも、それぞれに正しくて、それぞれに間違っていることをぶつけ合う中で、俺たち大人が忘れてしまった大切なものってなんだろう、という大きなする問いかけが出てくるのであります。

裏を返すと、大人になるのは、合理的になることの一方で、本当に大切にしなくちゃいけなかったものを一つづつ忘れていく作業なのだと感じさせられる映画なのであります!

 

劇中でなにかと帆高の世話を焼く須賀さんは、まさにそうした大人の代表であります。

愛する妻を失った後、今も自分の子どものために義理の母に頭を下げ続け、また、警察から追われる身となった帆高も追い出す。天気のためなら陽菜も人柱になればいいとすら発言するのであります。

 

ここで大切なこととして、これらは全て合理的で、大人として正しい行動だということであります。でもその正しい大人の行動は、帆高たち子どもには(ついでに姪の夏美にも)理解されず、逆に攻撃されるのであります。

 

これをどっち目線で見るかによって、作品の感じ方が正反対になってしまうのでありますが、物語の最終局面で、愛する人を失った悲しみ、会いに行くことができなかった悔しさを思い出した須賀さんは、警察に対して「お前ら(=大人)が、帆高に触るな!」と叫び、刑事を殴る!! 須賀さんのこのパンチこそが、この映画の答えであります!!! 

 

警察にパンチなんかして捕まったら、それこそ子どもには会いづらくなるであります。大人として全く非合理的だけど、これが、10代の恋がなせるわざなんだよと、この映画は言っているのであります! 

お前達、映画館にまで大人の合理性を持ってくるなであります!

 

また、夏美は、そうした激情ではなく、たぶん「曲がったことが嫌い」だとか「面白そうだから」くらいのノリで帆高に協力する「子ども」なんであります。

大人はそんなノリで警察に捕まるようなことは絶対しないだろうけれど、子どもはそういうことするのであります。日頃ニュース見てるか? であります!

逃げ回っている時の夏美は、大人として就職活動している時よりもずっと楽しそうだし、ついでに「白バイ隊員になろうかな!!」と発言しさえもするであります。皆さんも御存知の通り、子どもというのは、口をひらけばすぐ「ぼく○○になりたい!」って言うものであります! 

 

5.子どものほうが羨ましいであります!

 

繰り返しになるでありますが、このように、「天気の子」は、大人達と子どもたちの「みんなが正しくてみんなが間違っている戦い」を見せることによって、大人になるってどういうことなんだろう、でも、それって本当にハッピーなんだろうか? その過程で、本当に大切なものを忘れてないだろうか? と問いかける映画となっているであります!

 

でも、結局その答えは明示的に語られないまま、最終的に東京が水没することで、「大人のまま」だった視聴者にとっては「てめーの恋のために東京破滅させてんじゃねーよ」という感想を持つことになるのであります。

でも、これは損な見方だと思うのであります!

 

また、そうした見方があることはもちろん想定されていて、その上で、作中の刑事が次のようなことを言うのであります。

 

【彼(帆高)は、もう自分の人生を棒に振っているわけでしょう。そこまでして会いたい人がいるというのは・・・私なんか(大人)からすると、ある意味羨ましいであります!】

(注:実際のセリフはこんな語尾ではないであります)

 

このセリフこそが、この映画の言いたいことを代弁しているであります!

 

平たく言えば「若いっていいなあ!」ってことでありますが、大人の口から気軽に発されるこの言葉、当の大人たちは本当に理解しているか? ということであります。

 

「若いって良いなあ」ってのは、実際に、好きな子に会いたいがために、警察の前でピストル撃つことであります! 

 

それを見て、馬鹿だの向こう見ずだの言ってるんじゃ、「若いって良いなあ」は結局のところ皮肉か、大人になってしまった自分たちへの諦めの言葉にしかなっていないであります!

そして、そんな大人たちの見方だけでこの映画を終わらせてしまっているのはとっても勿体ないと思うのであります。

 

できれば、この刑事(大人)の言うように「ある意味羨ましい」見方をしたらいいんじゃないかと思うのであります。心の底から「若いって良いなあ、俺も、こういう恋愛していたよ」と重ねて見たら良いと思うのであります。

 

また、既に大人たちから「あんな結末で感動できるなんて能天気」だとか言われちゃった人たちは、そういう大人たちにとって(嫌味抜きで)まさに羨ましい存在なのだから、そうした批判を見て興ざめする必要なんかない、素直に感動して正しいんだということを、ここで言っておきたいであります!

 

 

6.「君の名は」とは違うのであります!

 

そういう意味で言うと、「君の名は」はどちらかと言うと「大人」の話だったように思うのであります。というのも、きちんと彗星から「町全体」を救おうとしたのは、立派な大人の行動だからであります!

 

これが「天気の子」だったらどうなるかというと、町から三葉と二人だけで逃げ出すか、むしろ二人の恋を成就させるために、糸守町に彗星をわざわざ落とすであります!!

 

だから、「君の名は」のつもりで「天気の子」を見に行くと、そのギャップによって、余計に帆高たちの行動を非合理で身勝手だと感じてしまうのであります!

 

「君の名は」の瀧と三葉は、帆高と陽菜に比べて、年齢的にも、精神的にも「大人」だったので、「みんなを救う」という責任ある行動をとったのであります。

一方で、天気の子の子どもたちは、それと正反対なことをするのであります!

その理由は、帆高と陽菜が、瀧や三葉よりも、もっとずっと子どもだったからであります!

 

皆さんご存知のように、「天気の子」にも瀧と三葉は出てくるのでありますが、彼らが帆高をサポートする「大人」として登場するのは、その対比のため(君の名はと、天気の子の違い)でもあるんじゃないかと個人的には思うであります。

 

このことは、天気の子の劇場版パンフレットのインタビューで、新海誠監督が【「君の名は」の後で、彗星から町を救ったことについて「自分たちの勝手で歴史を塗り替えたけしからん作品」という批判があった。だから次回作は、彼らを更に怒らせるにはどうしたらいいか、というところから始めたのであります!】と述べていることと無関係ではないように思うであります!

 

瀧と三葉が大人として登場するのは、単なるサービスにとどまらず、「お前ら、俺たちみたいな【大人】にもキレてたら、この映画、この先ヤベーぞw」と言っているようにも感じるのであります!(そして実際に、これを見た大人はやっぱり批判タラタラなわけでありますから、新海誠的には大成功なのだろうと思うであります)。

 

7.「大丈夫」ではないであります!

 

「天気の子」のラストシーンでは、水没した東京で帆高が陽菜と再開するのでありますが、そこに合わせてRADWIMPSの「大丈夫」が流れるのであります。

そして、帆高の「僕たちは、大丈夫だ!」という力強い一言で、全ての物語が終わるであります!

 

ここで、大人たちはこのように言うであります、「いや全然大丈夫じゃねーだろ、東京沈んでんだろ」。

 

でも、RADWIMPSの「大丈夫」の歌詞をきちんと見ると、ここはそう解釈すべきではないことがわかるであります!

 

次のフレーズは「大丈夫」の歌詞からの抜粋であります!

 【君を大丈夫にしたいんじゃない、君にとっての大丈夫になりたいのであります!!】

 

これはな、結局のところ、大丈夫になってはいないのであります!

でも、自分と一緒にいたら、君は安心できる、そういう存在にこれから成長していきたいという話であります! 

どんな大丈夫じゃない世界でも、大丈夫だと思ってもらいたい、自分がその心の支えになりたいという少年の願いなのであります!

 

そう、だから、「結局大丈夫になってねーよ」というのは批判になっていないのであります。

大丈夫じゃない、でも、僕がいたらどんな世界でも大丈夫だって思ってもらいたいという純粋な願いを書いていて、この映画はそれで終わりなのであります!

 

ついでに言えば、1.水浸しの東京でも水上バスなどで前向きに生活する東京の人たちとか、2.この世界なんて元から狂ってるもんだと言う須賀さんとか、3.東京は昔は海だったと言う立花の婆ちゃんとかっていう、「救い」はあちこちに見られるであります!

だからたぶん大丈夫であります!

 

 

番外編. あのブラは一体誰のもの? であります!

 

言いたいことは以上でありますが、ところで、3回ほどこの映画を見て、まだ分からないことがあるであります!

映画の序盤で、須賀さんの会社で働きはじめた帆高が、部屋を掃除している途中でブラジャーを見つけ、夏美から「これ私のじゃない」と言われるシーンでありますが、じゃあ誰のものだよ?! であります!

 

初見の人は「須賀さん女ったらしだなー」と思うでありますが、最後まで見ると、いまだに亡くなった妻の指輪を重ねてつけているくらいの誠実な人物であることがわかるであります! だからこのブラ誰のであります! 

 

とはいえ、劇中には須賀さんがキャバクラで飲んだくれているシーンもあるでありますから、やることはやっているのかもしれないであります!

 

あとそもそもエッチした後にブラって置き忘れるものなのか? であります!

俺はブラしたことないからわからんであります!

 

 

まとめ. タンクトップと短パンで映画館に行くであります!

 

ぐだぐだ述べてきたでありますが、要するにこの映画は「合理的な大人」と「青春の子どもたち」の戦いであって、そのどちら側で見るかによって(つまり、帆高に共感するか、自分も警察の仲間となるか)人によって視聴後の感想が正反対になるよくできた映画なのであります! 

 

そして、作中ではどっちもきちんとした悪者になっていないから、子ども側の人は感動して、大人側の人は最後まで大人側でモヤモヤするであります!

 

でも、作中でも刑事が言うように「子どもは羨ましい」のであります。

それなら、自分の青春時代の非合理な行動と、嵐のような愛の激情を思い出しつつ、「うんうん、子どもってこうだよな」って目線で見てみるのが良いであります。

そうするとめちゃくちゃ泣くであります!

 

私にゃそういう青春ございません、昔っから斜に構えて、擦れっ枯らしたここ東京で暮らしてきたであります! という人も、たぶん大丈夫であります! そうは言いつつ忘れているだけであります! 

 

良い方法があるであります! 当時の子どもの頃のように、短パンとノースリーブで劇場へ行くのであります。夏休みだし、ついでに虫取り網と、虫かごを持っていってもいいであります! 

ただし、大切なことがひとつだけあるであります!

上映中の迷惑になるから、虫取り網はきちんと床に置くであります!

ホットドッグとiPhone8の話

ホットドッグしか食べない変わった生物

 

俺は昔から、何か一つの食べ物を「うまい」と思ってハマると、しばらくの間それ以外食べなくなる傾向がある。

単なる凝り性だなと思っていたけど、大人になってからGoogleで調べるときちんとADHDという病名がついていて家族と泣きました。


20代の頃、主にコンビニで売られている「卵かけご飯風おにぎり」にドハマりした結果、3食とも卵かけご飯風おにぎりという生活がしばらくあった。

累計すると江戸時代の農民よりおにぎり食ってたな。あんな美味しいものがこの銀河にあることをいままで知らずに過ごしていたのが悔やまれる勢いで食ってたよ。
ちなみにADHDにありがちなこととして今やもう見向きもしていない

なんかベチョベチョするもんなあれ。やっぱシーチキンだわ。

 

 で、現在ハマっているのがホットドッグだ。ADHDの好みに脈絡などはない。全米で最もメジャーリーグ観戦しているおっちゃんと同じくらいホットドッグ食ってる。


ホットドッグといっても色々種類があるが、要するにコッペ的なパンに、ソーセージやフランクフルトが入っている食べ物であれば良く、ケチャップをつけた基本的なホットドッグのほか、チリドッグ、サルサドッグなど何でも良い。

フワっとした食感のあとのパリっという食感、そしてうまみ、そのどれもが素晴らしい。これ以上の食べ物はこの惑星に無いと自信を持って言える。


 そういうわけで、俺は特に理由がない限り、例えば結婚式とかで「それでは、新郎新婦によります、ホットドッグ入刀!」というわけにはいかない場合除き、お昼ご飯には常にホットドッグを食べている。
 会社の近くにうまいホットドッグを売っているパン屋があって、よくそこを利用しているんだが、そこでホットドッグを2個買う。

ホットドッグをベースに、あと他にメロンパンやくるみパンのセットとかじゃないからな。
ホットドッグ、そして付け合せにホットドッグ。これだ。

 

これを偏食だとかいう、ホットドッグの旨さに気がついていない者もいるだろう。哀れなばかりだ。ただ、悟りを開いていない人であってもブッダは救ってくれるので安心してほしい。


これは偏食などではなく、極めで合理的な食習慣だ。

理由は次のとおり。
世の中の食べ物にはそれぞれ「うまいポイント」という見えないステータスが割り振られているのは皆さんご存知の通り。で、俺達は毎回の食事の中で、その「うまいポイント」をなるべく最大にするよう食事を考えている。


さてここで、


メロンパン(うまいポイント50)
くるみパン(うまいポイント60)


とあって、次に
ホットドッグ(うまいポイント2億とんで155


という食べ物があった時、数学的に考えられるすべての組み合わせを考えても(考えなくても)ホットドッグを2個食う以外の選択肢がすべて消え去る。全く合理的な行動なのだ。


合理的なのは間違いないが、昼のたんびに決まりきってホットドッグを2個買っていく男が、影からバイト達に「ホットドッグ2個男またきたw」などと呼ばれ笑われていることも間違いないだろう。しかも彼女と分け合うとかじゃなくて全部一人で食うかんなこいつ。

 

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ホットドッグ2個

 

で、この前、ドトールでお昼ご飯食べたの。
ドトールに売られている食事メニューの中でもっとも美味いのはジャーマンドックだと一般的に知られている。
従って、俺はジャーマンドックを3つ注文する。この店にあるだけのジャーマンドックをもってこい。

ちなみに飲み物などいらん。ドトールなのに、飲み物を頼まずジャーマンドック3つ。この銀河でこれ以上にジャーマンドック好きなやついます?
そうすると店員さん「テイクアウトで・・・ジャーマンスリー!」と厨房のスタッフに指示。「ジャーマンスリー」という単語を初めて聞いたからな。そしてこの店員さんがジャーマンスリーなる言葉を発したの初めてだろうと思われた。プロレスの技みたい。

いつホットドッグ飽きんだろ俺。栄養が偏って死ぬ前にだれか助けてくれ。

 

iPhone8買いました

 

あのファーウェイの野郎。

安さに釣られてHUAWEI P10 liteを買ったものの、たった2年で壊れて文鎮になっちまった。

俺が書道家だったらいいよ。スマホぶっ壊れても文鎮としての使い道あるからな。それを見越してガキのころにもっと習字やっておくんだった。

 

買ってから2年後のファーウェイスマホに生じた症状は次のとおり。

 

・なんか負荷をかけると落ちる。
・充電が70%から急に0%になる。
・そこから充電すると急に100%(充電完了)となる。
・そこで起動すると充電切れで即落ちる(この野郎!!)。
・背面ガラスがボロボロに砕けている。

 

最後のは俺が散々アスファルト上に落っことしたせいであってファーウェイに責任はないだろうが、もう充電池が正常に機能していないことは明らかだった。


繰り返しになるが、2017年6月に購入してから2年でこれだからな。

そう考えるとApple製品は(ファーウェイに比べればまだ)頑丈だと感じる。

2016年3月に買ったiPad pro(9.7インチ)は、スマホほど頻繁に使ってはいないけれど、機能や充電の減りに全く問題なし。お風呂へ持ち込んでも平気(みなさんは絶対に真似をしないでください)。

 

やっぱAppleだよ。今回のことで俺は急にApple信者となった。以降俺の前でAndroid端末の話はしないでほしい。

・・・とはいえ、俺の使い方にもかなり問題があった。最近知ったけど、充電しっぱなしで寝るとか凄く良くないのな。過充電といって、充電が100%になったにも関わらず更に充電を続けるのは、バッテリーにとってかなり良くないらしい。(なお常識らしい)

90%くらいになったらいったん充電を引っこ抜き、朝起きてから家を出るまでの間に充電を続ける。スマホを長持ちさせるにはこれだけでもずいぶん違うんだって・・・。

 

それはそれとして、ファーウェイが完全にお亡くなりになった日、俺はすぐ秋葉原へ向かった。iPhone8を中古で安く買ってくるためだ。

なぜいまiPhone8か?

あれは、ほぼiPhoneとして完成された性能、デザイン、カメラ、大きさであり、今年になってから価格もそれなりに落ち着いてきているからだ(少なくとも、最近のバカ高機種とは違う)。

 

これが今日、俺の手にやってくると思うと嬉しくなってくる。

嬉しくなって急いで秋葉原に向かっている途中でお腹がすいたのでホットドッグを食う。うまい。

 

ランチを終えてから、まずは、秋葉原でも「けっこう安い」としてよくオススメされる「イオシス」という店を見る。

 

うーん、確かに安い・・・けど、そんなにキレイな中古は無いかな。
あと、iPhone8、さっき「価格も落ち着いている」とか書いたけど、思ってたより高い。中古の結構傷だらけの機体でも平気で4万円以上する。それが人気機種だという証拠でもあるだろうけど。ほんとあれは良いスマホだよ。というか今のところ人類にiPhone8以上の性能のスマホなんか要らん気がする。食べたらホットドッグの味がする、みたいな性能が追加されんまではiPhone8で良いよもう。

 

で、イオシスの次にソフマップに行くと、中古だけど、それなりにキレイなiPhone8(A級品)が5万4,000円で販売されている。

もうこれでいいかな? 歩き疲れたし、雨振ってるし・・・。


そこで、一応ツイッターのフォロワーにご意見を伺ってみる。
ツイッターは、経済学や時事問題については完全にスルーされるものの、家電製品の評価を聞くと40秒ほどで2人以上から「それはね、ああだこうだ」とリプがくる実に素晴らしいツールだ。


そして、ツイッターの使い方はまさにそうしたもので、あれで他人と喧嘩してたり炎上したりする連中というのはみんなツイッターというものを勘違いしている。あれは「家電製品買う時に人の意見聞くアプリ」だ。


で、そのフォロワーの進言に従って、ソフマップではなく「じゃんぱらスマホ店)」へ行くと、箱入りの未使用品が(一度通電したから、「新品」ではない)中古価格で売られてる。なんで? 中国人が転売目的で大量に持ってきたものを安くさばいてるんだろうかと思ったけど、じゃんぱらの迷惑になるから言わない。しかも価格はさきほどソフマップで見た中古品と同じく、54,000円くらい。

はい買います。

 

 

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白にした。

いやーかっこいい! 品がいいデザイン。

まさに人の「所有欲」というものを満たす製品だと言える。

 

今回、俺はファーウェイが思ったより早く壊れてしまったからこのタイミングで購入したものの、今年9月にはiPhone11が発売され、そうなると更に8が値崩れするだろうから、これから買おうって人はそれを待ったほうが良いと思う。


とりあえず2024年まではiPhone8使って、そしてその頃、更に進化を遂げたiPhone16を買おうと思う。食べるとホットドッグの味がするといいな。

「頭の中がワカメ」と「ピアノ教室がなくなった」の話

わたしの頭の中のワカメ

 

 

俺って頭の中にワカメ入ってんのかな? 

 

健常な脳みそが入っていれば、およそしないだろう失敗が日常で多すぎるので、自分が脳みそだと思っていたものが実は増えるワカメだったという説が俺の中に根強くあるワカメよ。

 

子供の頃、グズっていると、母からよく「お前は近所の川から拾ってきた子だよ!」などという自分の出生にまつわる貴重な逸話を聞かせてくれていたものだが、これは正確には海の中からすくい上げてきた子なのかもしれない(より正確には「増えるわかめちゃん」を製造している理研食品(株)の敷地内から無断で拾ってきたことも考えられる。しかしなぜ母はそんな場所に?)。

 

先日こんなことがあった。

 

髪の毛が伸び放題に伸びて、もう会社員というより、かなりメタル寄りのロックミュージシャンみたいになってきていたから、ホットペッパービューティを通じて美容室の予約を入れたんだ。 ここまではいい。脳みそがワカメに過半数占められている生物にしては合理的な行動だといえる。

 

で、その美容室は、都内のビルの一室で営業をしている店で、以前にも利用したことがある場所だった。

 

予約当日、俺がその美容室の待合室で待っていると、これが全然呼ばれない。

やや不安なワカメ頭が、それでも待っていると美容師さんがやってきた。

 

美容師さん「ほんとに予約されていますか?」

ぼく「はい。ちゃんと○○のホームページで予約しました!」

美容師さん「ここちげーよ」

ぼく「ごめんなさい!」

 

15分くらい違う美容室で待ってたの気が付かないし。

 

このビルには3階と5階に美容室があって、本当は5階の美容室に行きたかったのに、3階でいったんエレベーターのドアが開いたのを「5階についた」と思い込んで、そのまま3階に降りて、たまたまそこも美容室だったもんだから、今の今まで自分は5階の美容室にいるもんだと気が付かなかったのだと思う。

ここは健常者であれば一度読んだだけではわからんと思う。

そして、君たちのようにきちんと脳みそが入っている人には信じられないだろうが、俺はこうしたことを会社でもしょっちゅうしている。

自分でエレベーターのボタンを押し、次に扉が開けば、当然自分の押したボタンのフロアだろうとまるで疑うことをせずに扉から出ていく(その途中でエレベーターの扉が開くなんて思っちゃいない)。

この前も13階で降りるところを11階で降りてしまって、「13階であれば自分の机があるはずの11階の何もない場所」としか表現できない何もない場所まで歩いて行ってから始めて「あれここ違う」ってなったように、頭蓋骨の容量の70%超をワカメに占拠されている生物はしばしばこうした非合理な行動をとると一般的に知られている。

 

そんで、慌ててその美容室を出て、今度は間違いなく5階の美容室に向かう。

「予約している青山です」といって待合室で待っていると、これもまた呼ばれない。

おや、もしかしてここは4階かな?

と思って一度エレベーターまで戻ってみるけど、たしかに5階の美容室に来ている。でも変だなあ。ワカメ頭なので不安になる。

すると美容師さんがやってきて

 

美容師さん「ほんとにここ予約してますか?お名前ないんですが・・・」

ぼく「僕どこに予約したんですか?

 

ここで初めて、以前行った時に作ってもらった美容室のポイントカードを見てみると、住所は確かにここで合っている。でも、美容室の名前が違う! 

え、なんで? 予約してから今日までの間に急に店が潰れて急に新しいのできたか?

 

泣きそうになりながら、再び予約したお店のウェブサイトを見てみると、

 

【当店は昨年12月○日に移転しております、お間違いになる方が多いためご注意ください】という注意書きがこんな馬鹿デカい文字で書いてある。でもワカメ頭だからこの文字の大きさでも気が付かない。10.5ptとか14ptとかじゃなくて「ワカメpt」で書いてくれよなまったく。

 

 

とぼとぼとその新住所に向かう俺。

もう髪の毛なんざどうでもよくなってきた。

 

俺たちに気が付かれないうちにこっそりと移転していた不届き者の美容室怒りの表情で入店し、受付を済ませる。

怒髪天を衝くような様子で待っていると・・・・また呼ばれないんだこれが!

もう嫌になって、自分の頭を割って中身のワカメを酢漬けにして食べていると(お腹が空いたときにこうした利点もある)、美容師さんがやってきて、

 

美容師さん「あの~、来週の同じ時間で予約が入ってますが・・・

ぼく「僕いまワカメ食べてるんで話しかけないでください

 

以上のようなことは俺の「頭の中増えるワカメ説」の根拠となる42の出来事のうちの1つに過ぎない。

結局その日は、髪の毛もボサボサ状態のまま、大人だけど少しだけ泣いてから家に帰った。

髪の毛もワカメだし、その中身もワカメだし、もう俺はこの先の人生を地上ではなく海の中でミネラルを吸収しながら漂っているのが良いのかもしれない。

ちなみに言うと俺はワカメの食感が苦手だから食えん。

もうどうしたらいいかわからん。誰かたすけて

 

f:id:amemiya_a:20190702225507j:plain 俺

 

ピアノ教室がなくなった

 

このブログでは以前から、俺が通っているピアノ教室の話をしばしば書いてきた。

主に、厳しくも面白い先生の話題が多かったような気がする。

 

先生は2メートルくらいあるニシキヘビを常にクビから巻いている人で、その蛇が俺の頭をたまにチロチロ舐める。その側で俺はピアノを弾いていて、上手にできないと、まるでしなる鞭のようにそのヘビで俺を容赦なくひっぱたく! ヘビが可哀想。

 

先日、そのヘビ使いの先生が辞めることになった。

結婚したのか、ツイッターのみんなのように会社が嫌になったのかはプライバシーに関わることだから聞いていない。ヘビが病気になったのかもしんない。

 

俺が通っているピアノ教室は、某楽器メーカーがチェーン展開しているレッスン場のうちのひとつで、先生が辞めるんだったら翌週から違うヘビ職人が補充されるのかなーと思っていたら、違う店舗に移動するか俺たちも辞めるかのどっちかだと。

え、この店ごとたたんで焼き鳥屋にでもすんのか?

 

今の賃貸マンションを選んだ理由のひとつに「ピアノ教室から近い」というのがあったんだが、引っ越しからわずか60日後に教室が消滅するとは思ってもいなかった。

そして、移動を勧められた最寄りの教室は、ここから電車で2駅隣だと・・・。

チャリで5分の場所にあっても遅刻すんのに、あまりに面倒くさすぎる・・・どうしよう。

 

というか、世間にもっとピアノの先生のバイトとかあってもいいと思うけどなあ。

ピアノの先生っていうと、きちんと音楽大学だのピアノ科だのを出た人が専門的に指導するっていう敷居の高そうな感じがするけれど、少なくとも俺相手だと全然そんな必要ないからな。

「そのソは♯だっつってんだろボケナス」

くらいのことが言えたらそれで十分だと思われる。誰かうちのピアノ教室の先生になってくんないかな??

 

というか俺は俺で、これまで月に4回、1年以上レッスンに通いつつ、未だにしょーもないレベルにいるので、月謝で12,000円も支払っている意味もあるのかなと思えてきた。家で練習しない俺が全部悪いんだが、これを機にちょっと休止しようかなあとも思っている。

 

以前は、「ピアノ教室に通っていれば、飽きようが嫌だろうがきちんと練習するだろう」と思っていたけど全然だわ。全く俺という人格を読み違えている。

まずすぐ酒飲む。ランニングに行く。ネットフリックスでエヴァンゲリヲンを全話見ようとする。

ただでさえ練習してないのに、ここから更にピアノレッスンをやめたら一体どうなるんだろうか? メルカリでピアノ出品すんのかな?

 

しかし、この前テレビで「君の名は」を見ていたら、やっぱりこうした作品の曲をピアノで弾けるってのは素晴らしいことだな~と思った。

音楽の素晴らしさを、デカい声で叫ぶか、両手で胸を叩くこと以外の方法で森の仲間に伝えられるというのは人間に与えられた大いなる喜びだと思う。

 

取り急ぎ、ピアノレッスンはいったん休止するかもしれないが(焼き鳥屋が再びピアノ教室に戻るまで)、自宅での練習と、それからブログへのアップは継続していきたい。

 

そのためにツイッターのフォロワーでも誰か暇してる人でピアノ教えてくれんかな? 小学校の時に2年やってたとかでも全然構わない。

 

「そこはドじゃなくてミだっつってんだろ、お前あたまの中ワカメ入ってんのか」

くらいのことが言えて、あとはヘビを振り回せるくらいの体力がある人であれば。

 

 

亀と話がしたい。リュック買ったよ。の話

 

こんにちは。ねえ聞いてよ。

 

○亀と話したい。

 

ディズニーシーには、「クラッシュ」という亀と会話ができる「タートルトーク」という人気アトラクションがござんす。

僕はもういい大人になりますがこれが大好きで、ディズニーシーに行くと必ず立ち寄るほどです。

 

クラッシュと会話ができると言っても、みんながお話できるわけではありません。と言うのも、あっちは亀一匹なのに対し、こちらはその亀と話したい変わった人間どもが一度に50人~60人ほど参加しているからです。なので、その連中の中からクラッシュに指名された栄誉ある4~5人のみが、クラッシュから何かを訊かれたり、逆にクラッシュに何かを質問したりすることができるというシステムとなっています。

 

そんで、その4~5人というのは、だいたいは言葉もまだおぼつかないようなガキんちょ共だったりするのですが、これは一般的にはディズニーランドというのがガキンチョどもを楽しませるためにあるからと言われています。お前たちがそうして子供の特権を振りかざせる期間なんてそれこそまたたく間に終わるんだからな。

でも、大人が会話できるチャンスが無いわけではありません。毎回一人は必ず大人が指名され、クラッシュと会話をしているようです。

ところが、ここでせっかく大人が指名されたとしても「わたし、今年こそ素敵な人と出会って結婚したいと思っているんですが、どうしたらいいでしょうか」なんていう、お前それ亀に聞いてどうすんだって質問ばっかりしやがるのなこれがマジで。判で押したようにおんなじことばっかり聞くんだこれが。クラッシュもちょっと困って、言葉を選びながら「一般的に、爬虫類に恋愛相談してる奴の婚期はかなり遅いものになると考えられます」とか言うんだけど、せっかく夢の国なんだし、ああした質問はそろそろやめたらいいと思う。

 

で、それはまだいい。

ひどいのが、質問があると言いつつ手を挙げて、指名されておきながら、その場で質問が思いつかないのかアーだのウーだの言っている大人がいるんだ。ほんとにお前は何なんだ。もっとも、ああいうのはディズニーの定める規約違反だとしてアトラクション内から出た後に速やかに亀のエサとなる。

 

で、僕自身はその質問者に指名されたことがこれまでに無いのですが、クラッシュから指名された際にどういった質問をするかというのは、既に決めてあります。理由は亀の餌になりたくないからです。

そしてそれは以下のようなものです。

 

僕「ねえねえクラッシュ~。

一般的にクラッシュのようなウミガメともなりますと、他の亀と色や形が大変よく似ていまして、見分けがつかなくなったり、自分の子供を見失ったりしてしまうことも多々あることかと存じますが、ある時クラッシュは、自分の子供が波にさらわれて行方不明になってしまった時に、違うウミガメの子供を間違って拾ってきてしまいまって、でも、幸いなことに子供もクラッシュのことを自分の親だと思っているから、お互い入れ違ったことに気が付かず、その後長い間、2匹で幸せに暮らしたんですか?」

亀「はい」

 

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○リュック買ったよ。

 

リュック買った。

理由はセブンイレブンに1500円くらいの安いやつが売られていたから。
f:id:amemiya_a:20190619193306j:imageこんなやつ。

 

雑誌や、何かのブランドとの提携品(あるいは付録?)なのかはわからないけれど、デザインがまあまあ良いというのも手にとった理由。こうした物を持ち歩いてると「(ブランド)のコラボのやつじゃん!買ったんだ!」と言われることがあるけど、こっちは調べもせず永久に「セブンイレブンのリュック」なのが申し訳ない。

 

で、自分の人生でこれまでほとんど使ったことがないリュックでお仕事へ行ったり、お出かけしたりしたんだが…良く言えば慣れるまでが大変で、悪く言うと、なんかもう大変だから使いたく無い…。

 

と言うのも、このセブンイレブンの安いリュック特有の問題なのかもしれんが、リュックの中が一つの大きな袋になっていて、つまりサイドポケットとか無いんだな。これって機能性について言えば同じ大きさのコンビニ袋担いでるのとそんなに変わらなくないか。

 

で、その中にスマホだの財布だの、定期だのピエール瀧的な粉だの注射器だの一緒くたに入れるもんだから、いざ改札で定期を取り出そうとすると底から全部ひっくり返さなきゃならん。

これが慣れてないと、ちょっとファスナーを下ろすつもりがリュックの自重に引っ張られて、定期ひとつ取り出すだけなのにファスナー全開の、中身のもの地面に全開の、今からここでフリーマーケット開きます的な状況になる。みんなも経験あります?  実際に何人かは数百円ほど置いていって何かを持ち去ったようだ。(ただ、これについてはきちんとサイドポケットの豊富なリュックを買えばいいのもしれない)

 

さらに、俺がこのブログで毎度のように「電車の中でリュック背負うんじゃねえ」「お前そのリュックの勝手に開けて中にヘビのおもちゃ入れてやるぞ💢」などと口汚く罵っている【電車リュック野郎】ってやつ、うっかり自分がやりそうになる! 背負ってるから電車乗ってても気が付かないのな。

脳みそが比較的少容量の人間たちにとって、自分の視界に無いものはこの世に存在しないと思うもので、電車に乗ってからしばらくして「あ!やば!背負ってた!」などと気がつく有様だ(家に帰ってからリュックを開けると中からヘビのおもちゃが2匹出てきた)。

 

これまで、休日、平日と、1日ずつリュックで過ごしてみてからの、3日目の平日、俺はいつものトートバッグで会社へ行くのだった。

でも、便利だなと思ったのは、両手が自由になるからトイレで手が洗いやすいこと。肩にバッグを引っ掛けていると水が跳ねたりハンカチを落としたり面倒だが、リュックだとそういうことがない。

そして基本的にリュックで便利と思ったのはその一点だけなので、これからはあらかじめトイレたくさん行きそうな日にリュック持っていこうと思う。あとヘビのおもちゃいります?

 

 

 

 

 

仕事終わるんか?

今帰りの電車。仕事おわらねー。

 

終電までに帰るなんて甘えだというのはもっともな意見だが、たとえそれほど働いても終わるのかこの仕事。

とりあえず来週末のイベントまでが期限なんだが、それまでどんなテクニックを駆使しても終わらない気がしてきた。それを可能にする唯一の方法は1グラム数万円する粉を吸い込んで終わった気になることくらいだ。 

とにかく人が全然足りん。アルバイトさん的な人もいるんだが、任せられる仕事のレベルもあって上手に活用できていない。

 

俺はつい先日引っ越したんだが、その届け出もまだ会社に出していないから、深夜まで働いてはどこかわからない場所に帰り、そして仕事にきている【住所不定有職】という世にも珍しい肩書になっている。

そんな書類ごときはよ出せと思うだろうが、住所ひとつ変更した際の届け出が5つも6つもある。

書く暇がない以上に面倒くさくて、とても仕事中にやる気になれん。

ただ会社の決まりなんで、無視していればそれこそ住所不定無職というありふれた肩書に変わってしまうから出さないとまずい。

誰か俺の秘書やってくれ。Twitterで日夜ぶらぶらしてる奴で構わん。給料は形の良いどんぐり2〜3個(出来高払い)とする。ぶらぶらしてるんだからリスや、あるいはモグラなどと同様の給与体系で構わない。更に言えばカネカ的働き方改革により、育休を取る場合は残念だか関西に転勤してもらう(関西に行かれても困るが)。

 

秘書が駄目なら俺をもう一人、縫い上げるか土を捏ねるかして増やすしかない。

ストイコビッチという有名なサッカー選手が「俺がもう一人いたらなあ」などと言って仲間のヒンシュクを買ったらしいが、あいつもきっと引っ越しの届けを出す暇が無かったんだろうと容易に想像できる。

というか仮に俺を増やし、会社の床にぴっちり並ぶくらいにまでしたって仕事が間に合うと思われない。第一動きにくい。こうしたものを経済学では収穫逓減の法則という。増員したからといってその分楽になるわけじゃないんだ。

だから働き方を改革しようという話になるんだが、いろいろ考えるともう粉を吸って終わった気になるというのしかないかもしんない。そしてピエール瀧と一緒におでん屋を始める。カトゥーンのあいつも誘おう。

来週末までもうちょいこんな生活を続けながら、やれるだけ頑張ってみる。