子どもは4万回質問する(まじで)

うちも例外ではないが、ヒトの子どもは2歳くらいになってそれなりに言葉を操れるようになると、とたんに「なんで?」「どうして?」が始まる。

なんであんなになんでと聞くんだ。

 

朝起きてから夜寝るまで、本当にずっと質問してくる。

「なんで風は吹くの?」
「なんで朝にも夜にも7時があるの?」
「なんで火は赤いの?」
「なんで雨は降るの?」
「なんでご飯つぶを持ってちゃいけないの」「捨てなさい」「なん」「捨てなさい」

 

言語を覚え、考えを整理する術を身に着けると、世の中は魅力的な疑問に満ちているのだろう。

 

そういえば以前、『子どもは40000回質問する』という奇妙な本を読んだことがあって、このブログでも書評したことがある。当時、俺は子どももいないどころか創出するアテも全然なかったんだけど、何となく読んでいた。

書評【子どもは40000回質問する】 - 青山日記

 

この本、俺はずっと、「子どもは幼少期のうちに合計40,000回くらい質問する」という意味だと思っていたんだよね。でも育児していて思ったが、この本のタイトルは正確ではない。

子どもは1日に40,000質問するというのが正しい

 

これは気の利いたジョークや比喩表現ではない。

あの交通整理の人だけが持ってる片手でカチカチやるカウンターで、一日に何回のなんでがさく裂するか正確に数えていたのだから間違いない。

この40,000回/日のとてつもない質問の前に、ついつい、33,271回目の質問(なんで家の中にいつも小さなクモがいるの?)をスルーしたり、適当にあしらいそうになる。

 

だが、上記の本にも紹介されていたことだが、この時の「なんで」にできる限り真剣に対応し、好奇心を育てることは、子どもの将来的な知的発達のみならず、巡り巡って経済的な成功にも影響するらしい。こりゃ大変ですな。大変だけど、何とか頑張って答えようとしている。

 

妻も同じ方針で、「なんでもよ」とか「さあどうしてかしらね」とか言ったりせず、真剣に回答している。が、たまに、高度な質問に対して、かなりロマンチックな回答をする場合がある。

 

例えば質問No.7762(かなり頻出する質問)「なんで風は吹くの?」について、妻は「鳥さんがみんなでフーフー息をしているからだよ」などと言う。とても可愛らしく、それを知った子どもが真剣にそう理解していたとしたら愛おしく感じる。

だがこの可愛らしい回答方針には大反対だ。

その理由は、科学に反するからとかいう陳腐なものではない。

例えば同級生(4歳児)が、科学的に真摯な態度を持つ両親から、正しい答えを教えられていた場合を考えよう。彼は風が吹く正しい答えを知っている。その横で「鳥がふーふー」とか言った日にゃあ「どこにそんなデカい鳥いんだよ」みたいな感じでバカにされるんだ。そして悔しさとともに残るのは「親にウソつかれた」という不信感だけだ。

 

親が分からなければ、その場でGoogle検索してその理由を説明すればいい。

理解のしやすい可愛いウソよりも、今は理解ができなくても正しい答えを与えるべきだと思う。

現に子どもも、「いまの自分には理解できないということがわかった」とでも思うのか、すんなり黙ってくれる(そして次の質問を考え始める)。

 

このように子どもだからといって可愛いウソをつくのは考え物だ。

考え物なんだが・・・・・・、それにも限界はある。

質問No.39981 「なんで火って赤いの?」

続くNo.39982 「なんで青いところもあるの?」

はい、もう全くわからん。ググっても俺が理解できん。

ガスコンロの下に鬼が隠れていて、それが怒ると赤い火が出るんだよ、青鬼が怒ったら青い炎が出るんだよ!

いやだめだ、こんな東京ガス版桃太郎みたいな説明ではまずい。

 

そこでとてつもなく優秀なのがChatGPTだ。これはマジで使わない手がない。

まず「4歳の子でも分かるように説明して」と前置きをする。あとは子どもの質問を繰り返すだけでよい。

例えば「空はなんで青いの?」ならば

「お日さまの光にはね、いろんな色が入っているんだよ。その中でも青い光は、空気にぶつかると、あっちこっちに散らばりやすいんだ。だから、空のいろんなところから青い光が目に届いて、空が青く見えるんだよ」

って感じ。

うーん、例として挙げたものの、なんか分かったような分からないような。

まじで「どうして空は青いのか」って難しい問題なんだな。

だが、(多分だけど)一つ言えるのは、科学的に間違ったことは言っていない。これが重要なことなのだ。

 

もちろんAI育児にも負の面はある。

「ねえなんでスイッチを押すと電気が点くの?」という問いについて、俺が「それはね、中に電気が」と言いかけたところで 「ChatGPTにきいてるの パパじゃない」だからな。あんまりやりすぎると「なんでパパって必要なの?」とか言い出しかねないからほどほどにしたほうがいい。

映画「スーパーガール」見た。その感想。(ネタバレ)

スーパーガール感想

 

ジェームズ・ガン監督によるDC完全新作映画にして最高傑作の「スーパーマン」を見てから、本当に丸一年間楽しみに待ち続けた続編映画「スーパーガール」を見に行った。
以下、ネタバレ含む感想。

今作が好きだった人はこのブログを見ないでください。

 

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■総評

 

 

女の子がオヤジをぶん殴りまくる楽しい映画だが、前作『スーパーマン』のデキには遠く及ばない凡作。


楽しみにしていた映画だったから、予告編が公開された時にすぐYoutubeで見たんだよね。その時からずっと心配していたことがある。

 

予告編によると、ストーリーの序盤はこうだ。

 

地球ではない、どこかよく分からない星で、スーパーガールが飼っている犬が、悪者の手によって病気になる。
まず、宇宙最強のクリプトン人の大活躍を描く映画で、迫ってくる危機が犬の病気かよと思った。


だが、これはあくまで導入であって、こういうきっかけを経て、最後は宇宙の大爆発、時空連続体の崩壊を阻止するような大冒険に発展していくのだろう、と思ったら、なんか予告編は「犬の命を救え!!」って感じで終わるんだよね。

 

おう。犬は大事なパートナーには違いないよ、時にそれは人の命よりも重い。

だがスケールでいうとどうだ?! 

これまでスーパーマンは、死んだ恋人を復活させるために、地球を手でつかんで逆回転させて時間を巻き戻したような、わけのわからん事をしていたんだぞ。

なんかすっごい心配になってきた・・・。そんな、不安と期待の中で映画館に足を運んだ。

 

****(視聴後)****

うーむ、不安的中。
最初から最後まで犬の病気を治すだけの、心底どうでもいいストーリーだった。
いや、そもそもストーリーなんて呼べるものがあったんだろうか? 犬が病気になったから治しました。なんか「動物病院行って帰ってきた」ってだけの話じゃないかこれ?

 

はいはい、わかるよ、犬は大切だよ。

俺だって犬の病気治すためだったらどこまででも頑張れるよ。それは疑いようがない。
だが映画のスケールとしてはどうだ???
なんかもう一歩、いや五歩くらいすごい目的を達成するための冒険であってほしかったと思うのは俺だけか?

他にもかなり言いたいことはあるが、その前に簡単なあらすじを書いておく。

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『あらすじ』

 

誰もが知っているヒーロー、『スーパーマン』。彼には従妹がいた。
赤ん坊の時に地球に脱出し、親切で温かい地球人の両親に育てられた『スーパーマン』と違って、悲しい両親との別れを経験したスーパーガールの生活は荒んでいた。
彼女の心の支えは、たった1匹の犬『クリプト』。

だがある時、自分の家に泥棒として侵入した、どこから来たのかよくわからない謎の海賊みたいな連中に襲われ、クリプトは病気にさせられてしまう。殺されるんじゃないんだね。病気。


なんで病気にするかというと、その病気を治せる唯一のお薬を海賊が持っていて、それを脅しのネタに金銭を脅し取ろうというのが彼らの手法だった。

たしかに、この宇宙で最強の存在であるスーパーガールに言う事を聞かそうとするならば、犬を病気にするしかないよね。海賊賢いよ。

で、すっごいたまたま、超偶然、その海賊に両親を殺されたアジア人女性と知り合い、ともに海賊の打倒に向かう。
アジア女性は両親の仇をとるため、スーパーガールは犬を治すため。

その後、なんかたまたま立ち寄った星でぶん殴りながら情報収集したり、海賊の人質を助けたり、またぶん殴りながら情報収集したりして、最終的にスーパーガール達は海賊のもとにたどり着く。
そこでもまた、しこたまぶん殴って終わり。犬も治ってハッピー。

スーパーガールは飲んだくれ人生から、ヒーローへの道を歩み始めたのでした。

 

以上

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これねえ、端折って書いてるんじゃなくて本当にこれだからな。

宇宙を支配するつもりでもなく、もちろんスーパーガールを打ち倒すほどの力を持った存在でもなく、ただ「犬を病気にさせただけのおっさん」を120分間探し回って、見つけたとたんにぶちのめすだけの映画。だからストーリーなんか無いんだよ。PVといった方がいいかもしれない。

 

犬は大事だよ?? これは何度でも繰り返したい。
でも、スーパーガールとその犬との関わりがあんまり描かれていないから、視聴者にとっても「犬を何とかして助けたい!!」って気持ちが湧かないんだよな。

 

劇中では、スーパーガールがどうしてこんな荒んだ生活になってしまったのか、スーパーガールの生い立ちを振り返るシーンがあるのだが、そこでも犬はあんまり出てこない。なんか、ついでに地球に連れてきたペット以上の感じがしない。思い入れがないんだよね。

例えば、そこで両親と悲しい別れがあった後、成長の過程で常に犬がそばにいて、悲しみも苦しみも受け止め、ああそうか、故郷はどこかの土地を指すのでない、大切な存在(犬)と過ごした時間であり、記憶をいうのだ、という本作のテーマをたっぷり見せても良かったと思う。

それもなく、なんか犬が病気だからちょっと助けに行くわーみたいな感じだから、非情な視聴者のなかには「犬はもう諦めたら?」と思う人すら出てくるだろう!

 

ルーシーがうざすぎるし邪魔

 

この映画のダメなところの半分くらいはこのルーシーという女の存在だ。

上記のあらすじに出てきた「アジア人女性」(ルーシー)だが、あらすじにも書いた通り、両親の仇を取るためにスーパーガールと同行する。
本人は、殺された両親の復讐に燃え、父親の形見である巨大な剣を背負って、まるでドラゴンボールのトランクスのようないでたちで登場する。


が、こいつが作品を通して一切戦わないわけ。戦わないどころか、常にスーパーガールの足を引っ張り続ける邪魔な存在にしかなっていない。


序盤、酒場で「海賊のことを知っている奴はいるか!」と威勢よく声を出したのが最後で、あっさり剣を奪われて「あ・・・あ・・」とちいかわみたいな事になってる。

そんな、もう全く戦力にならないルーシーだが、それなら知能はどうかというと、こっちも全くだめ。
スーパーガールが人質解放のために奮闘しているシーンでは、一人で勝手に海賊に戦いを挑もうとしてノロノロしているところを、スーパーガールに助けられているうちに人質一家が皆殺しにされてしまう。
それでルーシーがスーパーガールに放つ言葉が「あんたのせいでみんな死んだ!!」だよ? 

助けてもらうことしかできないのに説教だよ!?


ほんと、スーパーガールが華麗に戦っている一方で、無力なこいつがのろのろ、ぐだぐだ、「あ・・・・あ・・・」みたいなちいかわシーンが挟まるからテンポも爽快感も台無しになっている。


でも、他方で、終盤のシーンで海賊の牢屋から脱獄するときは、これまでと打って変わって、自分の体の何倍もある巨大な宇宙人を、体術だけでやっつける!
それが出来るんだったら最初からやれよ!!!

 

一応、作品のテーマとしては「復習は何も生まない」という、もはや擦られ過ぎて何も残っていないようなものが設定されていて、そのメッセージのためだけにこの女が出てくると言ってもいい。

最後のシーンでは、あとはトドメを指すだけの海賊を前に、剣をしまい、「やっぱりやめる」「復習は何もうまない」だと! 

はい~~~~~~~!?!?!?! 

「わたしが生きることが復習」?! そんな覚悟だったらそもそも旅に出るんじゃねえ! お前のおかげで結構人が死んでるからな!!!

 

俺がもしこの映画の監督だったら、スーパーガールの説得にも応じずに海賊の喉を描き切ったルーシーは、そのまま暗黒面に落ちて無敵の力を得たヴィランに変貌する。

そして、もはや理性をなくした怪物と化してスーパーガールに最後の戦いを挑む。それくらいやれよ!!


それもなく、ただ剣を置いて(何のために持ってきたのほんと?)田舎に帰って静かに暮らすんだと。

そもそもルーシーの両親が殺されたのも、強盗が来てるってのに気が付かずにヘッドホンで音楽を聴いていたバカ兄貴のバカ行動のせいで起こったような描写があり、あまり同情もできない。なんであんなシーンにした?


この女はこの2時間映画の最初から最後までずっとヘイトの対象になっただろう。
こいつの存在だけでももう二度と見たくない。

 

スーパーガールのこともよくわからん。


スーパーガールの生活があんなに荒んでいる理由もよく分からなかった。
母は故郷の星で病気で亡くなり、また、星の寿命を案じた父親によって、単身で地球に飛ばされる。


壮絶な人生だと思う。
でも、それまでは両親と楽しく過ごしてた描写があるんだよね。
地球に付いた後は、先に地球で暮らしていたスーパーマンに保護されて、ニューヨークで犬と一緒に不自由のなさそうな生活を送っている。
そりゃ孤独だろうさ。でも肉親(従兄)はいるし、犬もいるし、健康だし。
この恵まれた生活を送っている人が、映画開始時点で「酒びたり」「汚部屋」みたいな生活に変わってしまうのはちょっと分からない。


あと、ゲロ吐いたり、ドアを開けたままおしっこしたり、「荒んだ生活の表現のために、それ必要か?」と思うような品の無いシーンも多かった。
そこまでしてスーパーガールに「ダークヒーロー」感を付ける必然性も感じられない。

 

まあ、完全完璧な「善」であるスーパーマンの女バージョンを作っても、「それじゃスーパーマンでよくね?」となるわけだから、何とか差別化したいという理由があるのはよく分かる。
だからこそ、犬との絆も含めて、この前はこんな過酷な生活をしていて、そこで犬が心の支えになっていたんですよ~という背景をよく描いてほしかったよ。


あと、細かいことだけど、「超ダサくてイケてないスーツ」と酷評していたスーパー衣装を、復活してからは何故か装着しているのは、お約束シーンであると分かっていつつも「え?」と感じた。
犬が病気で死ぬまであと数時間という中で、何の効力もない、単に見た目だけの衣装にいそいそと着替えるかね??

そんで、あのスーツどこに隠し持ってたんだよルーシー?!
おかげで赤いミニスカート姿で戦う様子がかっこよかったけどさ・・・。

 

****


また、「スーパーマン」映画にとって呪いのようにまとわりつくのが「どうやってスーパーマンを弱体化させるか問題」。これは今作にもあった。


だって、スーパーマンはそのままの状態だと宇宙最強だから、悪役と「良い勝負」にもならず、一方的に殴って終わりなんだよね。
だから、どの作品でも、何らかの手段で、何とかしてスーパーマンを弱体化させる。
最近のDC映画だと「クリプトナイト」という謎の鉱物で突き刺されたりすると、途端に地球人並みの超弱体化してしまうという設定があるね。

あと、「黄色の太陽」が輝く空間であれば超パワーを出せるが、逆に、「緑色の太陽」が鈍く光る惑星では、ほとんど動けない病人のようになってしまうという設定もある。

本作品では後者の「緑色の太陽」が出てきた。

 

海賊を追いかけてたどり着いた惑星は、緑色の太陽が出る、スーパーガールのようなクリプトン人にとっては「死の惑星」だった。*1

で、情けなく力を失い、洞窟の中で寝っ転がるスーパーガール。
このシーンが長い。熱中症でずっとうなされている姿なんかそんなに長々と見たくないんだよな。

さらに、その間でも勝手に出歩いて、あっさり捕まるルーシーにイライラ。
まあいいよ、これで敵の船の中に潜入して、例えばそこで、人工的に黄色い太陽のエネルギーを放出する装置を持ち出してきて、スーパーガールを復活させるとか。そしたらルーシーの存在も輝いたろうね。


でもそういうことにはならない。

まるで月が沈んだあとに太陽が昇るように、緑色の太陽はやがて沈み、かわりに黄色い太陽が昇ってそれで回復する!!!

え!? 時間経過で良かったの?!!

そしたらルーシーってほんまにただウロチョロしてた女じゃん・・・。何のドラマ性もへったくれもない。
復活したスーパーガールに誰も敵うはずもなく、あっさりぶん殴って終わりだからな。


敵(クレム)も何がしたかったのかよくわからん

 

さっきから「海賊」と呼んでいるのは、宇宙の悪党集団「ブリガンズ」という連中。
そのリーダー「クレム」が本作の悪役で、その悪行が上記したように、何と犬を病気にしちゃう。


もうそれはいいんだが、宇宙に名をはせる悪党なのに、その犬を治すための薬がはいった小瓶を、後生大事にずーっと首からぶら下げてるんだよね。なんでだよ!

 

それもよしとしよう。

このブリガンズ、完全に金銭目的の不良グループみたいなもんで、別にスーパーガールに恨みがあるというわけじゃないんだよね。たまたま強盗したら、たまたまスーパーガールの家で、たまたまそこにいた犬を病気にしちゃったから、たまたまスーパーガールに追われているだけ。
なので、命の危険を感じたら、そんな犬1匹くらい、病気を治しちゃえばいいのに!
どうして自分の命をかけてまでスーパーガールと対決する必要があったんだろう?

 

例えばスーパーガールの持つスーパーエネルギーを抽出して宇宙の王になって、宇宙の星をすべて征服する(果ては地球まで)、犬はそのための人質だ、とかならまだわかるよ。なんで犬を病気にさせたのか最後まで不明だからな。
「病気にさせて、それを治すのと引き換えに金銭を要求する悪党」という説明はあったけど、スーパーガールの犬を病気にさせたからって、別にスーパーガールに何も要求してないんだよ。ただ「犬がいたから」病気にさせただけ。。

こいつはこいつで、なぜ宇宙の悪党になったとか、何のために戦っているとか、そういう背景が一切説明されないから、行動原理がわからないし、あと、ショボい。

 

良い面も少しあった


見に行って良かった、というシーンも無くはない。

 

まず、スーパーガール役のミリー・オールコックが素晴らしい。本当に良かった。

ティーンから分別のある大人に向けての葛藤や捨てきれないモラトリアムをものすごく感じた。これは疑いようがない。


また、バトルシーンが多く、腕の細い白人女性が、女の子の人身売買をやってるクソオヤジどもをかたっぱしからぶん殴りつづけるもので楽しい。
考えてみると20歳くらいの女性が延々と男を殴ってる映画ってないよな??


また、序盤で宇宙船をスペースジャックされた時のバトルは、小型のワープ装置を賢く使って戦ったり、黄色い太陽でエネルギーを得てからは期待通りの超パワーで圧倒したりと、見ごたえがあった。


あと、スカートスーツ姿のスーパーガールが超可愛い。

あの姿で飛び回って殴りまわるシーンだけを見ていたかった。やっぱりこれは映画じゃなくてPVの類だ。これを大画面で見られるということが、この映画を見る理由の7割以上を占めている。ただ、男どもをぶん殴る強い女を描いた映画で、フェミニンなスカートをまとって活躍するシーンを推すというのもどうなんだろう? やはりジェンダーからはフリーになれないのだろうか? そんな問題意識は芽生えた。


あと、何といっても「ロボ」という名の賞金稼ぎ野郎の存在が良かった。
完全な脇役で、出番も多くないんだが、いいキャラを出しているし、「理由」を胸に戦う女子2人に比べて、ただ金銭目的で戦う男の対比があって凄く良かった。


ただし、「共闘」はしてないし、最初にスーパーガールがロボを見かけた際に、スーパーガールが「宇宙最凶の神を自認してるやばい奴よ・・・目を合わせちゃダメ」とめっちゃビビってるんだが・・・そこまででもなくない?
あっさり敵の海賊に捕まってたし、スーパーガールの方が何万倍も強いだろ。

 

****


感想としては以上。

 

こんな感じで、だいたいのシーンに必然性やストーリー性が感じられず、また押し付けられているテーマ性も背景の説明が不十分だから浮いている、キャラクターにも終始イライラする、そんな映画だった。

 

はっきり言って(俺ほどのスーパーマン大好き少年でなければ)『駄作』や『クソ映画』と言われても全く不思議じゃない。

それでもまあ、「バットマンVSスーパーマン」ほどではないが・・・。

 

 

また、救いもある。


最後のシーンで、スーパーガールは地球に帰ってきて、そこで従兄のスーパーマンと会う。
そこで「しばらく地球にいる」と発言する。

次回作である「スーパーマン: マン・オブ・トゥモロー」での共闘がくるぞ!! こんな映画を見せられても、次回作には期待したい。


ていうか、酷評の続きだけど、スーパーマン(一族)には地球で戦ってほしいんだよね。
スーパーマンのその圧倒的な力は、本当に想像を絶するものだけど、それは地球にいるから「うおーこんなにすごいのか」って理解できるんだよ。
たとえば崩れていくビル一棟を支えたり、ほとんど瞬間移動して子供を事故から救ったり。
宇宙空間だと、宇宙人が相手だし、なんか宇宙っぽい設備とか空間で戦うし「この力が相対的にどこまで凄いのか」が理解しづらいんだよ。

だからなるべく身近で戦ってほしいと思うんだ。

 

ほとんどが批判的な内容となってしまったが、頼むぞ次回作。

 

 

 

*1:蛇足なので脚注に移すが、あのシーンで緑色の太陽を見たスーパーガールが「あいつらに騙された!ここは緑色の太陽が出る星だ!」と言ってたけど、スーパーガールは「あの海賊がいる場所に連れていけ」って言って、実際そこに海賊がいたんだから、何も騙してないよな? 「太陽が緑色なので気を付けてくださいね」とは言わなかったけどさ。

子どもへの言うことのきかせ方の話

5月に子供が4歳になる。


あくまで我が家の状況ではあるが、2~3歳の頃つまり1年前までの子育てに比べて、4歳目前となった今は相当程度楽ちんになった。

 

何と言っても日本語での会話が成立するようになったのがありがたい。

これは本当に大きいことだ。

 

たとえ友好的な態度であっても、庭に突然降りてきた宇宙人を説得して寝かしつけるのは難しい。それが、相手は断固たる決意で夜通しトミカで遊ぶつもりの存在だと考えてもらいたい。

それが今や日本語での理屈が通じる相手になったのだ。革命的だ。
成長することの寂しさはあるけれど、楽は楽になった。

 

だが、理屈が通じるとはいえ「はい、お父様。今日の歯磨きはもう済ませております」などという夢物語はなく、なにごとも基本「ヤダ」から入るので、あらゆる技法・話法・術を用いて意図する行動をとらせる必要がある。

そこで今回は、会話が通じるようになった以降、この3歳児に歯を磨かせるために試みた技術的対策を、その対策の評価とともに記載したいと思う。

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1.大声で怒鳴りつける


最も効果の無い方法であり、逆効果ですらある。
「歯磨きしろ」「この野郎!」「マジで歯磨きしろてめえ!!」などの大声をあげ、力ずくで制しようとする。これをしても、ただそれ以上の大声を出され、全力で拒否されるだけである。


戦争は戦争を呼ぶように、大声はそれ以上の大声を呼ぶだけだ。

 

力だって、今は自分の方が強いだろうが、高校生くらいになると怪しいものだ。
それまで「力」で制圧する子育てをしていたらどうなるだろう? 
他者を従わせるには「力」が重要なのだと教えられて育った子はどうなるだろう?

自分のためにも、社会のためにも、大声を出したり、力でねじ伏せたりはしてはいけない。

ただどうしても苛立ちがマックスになり、大声を出したい時があるだろう。

その時は俺は子供の顔を見ずに大声で歌をうたう。具体的にはセカオワの歌をうたう。
ここで子供の顔を見ないのがポイントだ。

これによりその場の誰もが呆気にとられ、毒気が抜け、気持ちもすっきりし、場がいったんリセットされる。
子どもはビビっているだろうが、怒鳴りつけるよりはまだいい。そこから仕切り直しだ。


評価:☆☆☆☆

 

2.理屈をきちんと説明する。

 

日本語が通じるようになったので、「なぜ歯を磨かなければならないか」を論理的に説明しさえすれば必ず納得する。そのように考えたものだ。

 

俺「さあそろそろ歯磨きしよう」

子「ヤダ!」

 

俺「歯磨きしないとだめよ」
子「なんで?」

 

俺「今まさに君の口内ではミュータンス菌がショ糖を餌にして不溶性グルカンを合成し、バイオフィルムを形成しようとしているんだ。これは言わば、君の歯の上に細菌たちが勝手にコンクリートの家を建てているようなものだ。これをブラッシングにより物理的に破壊しない限り彼らは酸を放出し続け、君の歯のエナメル質を脱灰、つまり溶かし尽くしてしまうんだ。いいかい、これは毎晩発生する君と細菌の生存をかけた戦いなんだ。さらに言えば、口腔ケアを怠ることは将来的に口臭という形で他者への不快感を与えるリスクを孕んでいる。これは幼稚園での社会的価値としての君の信頼を

子「ヤダ!!!!!!!!!!!!」

 

評価:☆☆☆☆

 


3.選択肢を提示する。

 

たまたま読んだ育児本に書かれていた方法がこれだ。
つまり「歯磨きをしよう」とただいうのではなくて、「黄色い歯ブラシと、青い歯ブラシ、どっちがいい?」と選んでもらうというわけだな。

まあ案の定ではあるが「イヤだ」の一言で一蹴された。なぜか? 選択肢から選ばなければいけない制約など彼らには存在しないからだ。


この2択は何か? 奇跡の何乗もの確率を乗り越えて生まれ出て、この無限の広さの宇宙で暮らし、限りない可能性に満ちた未来をいままさに生きている中で、なぜその青だか黄色だかの歯ブラシを選ばなければならない?


彼らはその選ばなければならないという必要性を理解していないのだ。

まるで使えない方法だった。


評価:☆☆☆☆


4.共感する

 

これもいまいち。
要するに、イヤだイヤだ言う子供に対して、いったん「うんうんわかるよ」「歯磨きしたくないよね」などと共感を示すものだ。
「え~彼女さん厳しい~w」「うんうん、それは彼氏さんが悪いよね」という詐欺師的話法と同じだ。

 

だが、そうやって共感を示したとて、

「でも」

「君は歯磨きをしなければならない」

なんだろ?

うちの3歳児は「結局何をやらされるのか」に着目するものだから、結局この話法は役に立たなかったし、泣き叫ぶのを止めさせる効果もなかった。


評価:★★☆☆☆

 

5.「やるな」と言う

 

これがあらゆる方法の中で最も効果的であった。
やり方もシンプルである。

 

俺「歯磨きしよう」
子ども「ヤダ!」

 

俺「じゃあ歯磨き絶対しないでね。絶対ね。歯磨き禁止。歯磨きだけはしてはならない」
子ども「ヤダ!」

 

俺「ヤダってことは歯磨きするの・・・・?」
子ども「やる・・・


革命的話法である。

 

つまり、子どもは口が達者になり、何かにつけて親の指示・命令を否定したい。
天邪鬼(あまのじゃく)というものだ。

これを逆手に取り、「やるな」というわけだ。
すると、それにもリズムで「ヤダ」と言ってしまうから、本来やらせたいことをせざるを得ないってわけ。


これが面白いように引っかかる。

上記の例はわざとらしい歯磨きの例だったが、もっと複雑な指示も可能だ。

夕暮れまで軒先で自転車遊びを止めない子供に対して
その乗っている自転車をガレージに片づけず、ガレージの扉を閉めないで、そしてすぐ家の中にも帰らないでほしい」というと、すぐに自転車を片付けて帰宅する。

 

さらに、味付けとして、「5,4,3,2,・・・」などのカウントダウンも、彼らの行動を早めるための手法として有効である。

「やるな」と言っているのになぜカウントダウンが始まるのか意味が全くわからんが、とにかく彼らは急いでそれをやろうとする。

 

実際のところ、彼らは本質的には、親に従いたくないだけなのだ。


この方法、実はTwitterで見かけたものだ。もはや元ツイートは探し出せないが、ある父親のツイートで、
「みんな、まだ子供の着替えで消耗してるんですか? うちは【パパが見てないうちに絶対着替えないでね】というだけで秒で着替えますよw」というものだった気がする。

ありがとう。あなたのおかげで子育てが10倍楽になっている。

評価:★★★★★

 

6.大切にしているぬいぐるみなどに言わせる

 

これもね、効果的だった。
歯磨きの話題から離れるが、たいていの子がそうであるように、うちの子もとにかく「ごめんなさい」って言わないんだな。

あれは何故なのだろう? 謝罪とは、自分の非を認め、相手に詫びて、これからの相手との関係性を維持するためのものすごく便利な方法だと思うのだが、それをしたがらない。
不思議と人間というのは非を認めないようなプログラムがなされているのかもしれない。ツイッターでの人々の罵りあいを見ているとことさらにそう思う。


それがどうだろう。この前、3歳の彼が最も大切に思っている友人である北総線シーフライヤー号が、彼のミスで床に落ちてしまったんだ。
そこで俺は、シーフライヤー号のアテレコで「いった~い! ごめんって言ってよ~!」って怒ったんだ。
そしたら彼はいともすんなり「ごめん!」って言ったんだ。

電流が走った。ごめんって言えるじゃん・・・・・・・。

つまり彼らはこうなのだ。やろうと思ったらできる。だが親とかにはやりたくない。

うん、そうだな・・・思い返すとそうだったよな。

それからというもの、電車や人形を使って「歯磨きしよーよ!」「お着換えしよ~!」というと特に抵抗することもなく従ってくれる。

便利だ。と思う一方で、他者の威を借りるこの方法が良いのかとも思う。

仕事でいえば、他部署の担当が作業依頼を聞いてくれないものだから、その人の上司をCCに入れてメールするようなものだ。

最終的には親と向き合う必要があるのではないか? 

自分の最大の友達と思ってた存在から「謝ってよ」なんて言われたらどう感じるのだろう?

との葛藤が絶えずあるので☆4とした。

 

評価:★★★★


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以上のように、3~4歳児とのバトルは、知恵比べである。
正面衝突しても仕方ない。彼らの「とりあえず親のいうことに反抗したい」というプログラムのバグをいかに付くかの知恵比べだ。
そして、おそらく、俺たちは3歳児よりは多少は賢い。乱暴に怒鳴りつけるよりもやれることはいろいろあるようだ。

また、上記で効果的とした方法にもいずれ賞味期限がやってきて「わざとこんなこと言ってるな」と見抜く日が必ず来る、その時にどうするか? 

永遠に飽きない趣味、それが子育てだと思う。

 

 

4月の日記

本来月刊誌ではないんだが。

 

 

■某銀行のBeRealの情報漏洩事故見た??

 

これのこと。

職員のSNS投稿で顧客情報がネットに漏えい、西日本シティ銀行が謝罪 (2026年4月30日掲載) - ライブドアニュース

 

この情報漏洩事故の発端となったのはBeRealというアプリである。

 

このBeRealというクソヤバアプリ、これまで存在だけは知ってたんだよね。

いかにも若者ぶりたいからさ、名前だけ。

最近では「インスタ教えて?」じゃなくて「ビーリ交換しよ?」らしいぞ。

 

で、このクソヤバアプリ、ざっくりいうと、スマホで撮影した写真をアップするプラットフォームで、それだけだとインスタグラムと変わらない。
が、このクソヤバアプリの特徴であり、今回の事故の原因にもなった「ランダムに届く通知から2分以内に周りの写真を撮影してアップしないと死ぬ」というのは初めて知った。


なぜそんな罰を自ら背負う?


今日、おそらく日本中の良識ある人がそう思ったろう。


ところで今、俺の業界では「AIからいかに自分のシステムを守るか」について頭を悩ませている最中なのだが、実際にはそのずっとずっとはるか手前の段階での対応が必要だということだ。

ほんの10年前くらいまでは、たとえインスタでも、今日撮った写真は今日アップしないで時間をずらしましょうみたいなのあったよなあ。

最初の敵であり、また最後の敵であるのは常に人類だということだ。

 

 

■「バイオハザード・レクイエム」クリアした。

 

俺はバイオハザード大好き芸人だ。

新作「レクイエム」については、金沢出張中に、「すゑひろがりず」のプレイ動画を見て、相当面白そうだと思って(酔った勢いで)購入したもの。

なんだが…

 

ホラーゲームほんと無理。何がバイオハザード大好き芸人だ。

 

 

俺は何でこんなの買ってしまったんだろう?
ダウンロード販売でしかもプレイ始めてしまったけど今から返品できるだろうか。

 

「なんでこんなの買ってしまったんだろう」の理由としていくつかある。
まず、単純にストーリーがよさそうだったのと、レオン・S・ケネディというゲームシリーズの定番キャラクターが主人公だったこと。

あと何より、「後頭部からの三人称視点(つまり、頭の上から見下ろす視点)」が可能となったからだ。

 

 

 

こういう後頭部からの視点のこと。

 

この「三人称視点」は、昔のバイオハザードでは当然の視点だった。

だが、「7」と「8」では、怖さ優先なのか、自分の目線(一人称視点)しか用意されていなかったのだ。俺はこの一人称視点がめっちゃ無理だった。なぜか?

 

めっちゃ酔う。


ゾンビに殴られる前に画面酔いしてリアルプレイヤーが先に死んでしまうわ。

というわけでここ最近のバイオハザードは一切触れずにいたんだが、元々バイオハザードはゲームもやっていたし、映画も見るくらいのシリーズファンだったので、「三人称視点」が追加された本作はめっちゃ久しぶりの「買い」作品だったってこと。

また、こういうのは恐怖シーンに慣れさえすれば、あとはアクションゲームの部分だけ存分に楽しめる。怖いのは最初だけってわけ。

 

 

そんで買って1か月。

 

 


なんでこんな怖いゲーム買っちゃったんだろうマジで。

 

見てよこの恐ろしさ。


画面全体が暗くて怖いし、序盤から付きまとう無敵の敵ボスであるThe Girlというのが怖すぎるし強すぎる。こういう「絶対勝てない敵からただ逃げるだけ」のゲーム怖すぎる。
いきなり出てくるビックリももちろんあるけど、理不尽に追い詰められる恐怖、弾もないし、そもそも弾があっても効かない!!ゆえに逃げ道を覚えて冷静にプレイするしかない。


そんなふうにビビリながらも、とりあえず「絶対勝てる小学生モード」(という名前ではない)で一周クリアした。

で、もちろんこんな怖いゲーム二度とやらんと思っていたのだが・・・
終わって1週間後には二周目を始めている。
本当に面白いゲームってこういうものかもしれない。傑作。1か月で全世界600万本売れたらしい。

 

・5月10日から宮古島に行く。この時期の沖縄旅行は格安である。なぜなら梅雨入りしているからである。1日でも晴れたらいいな。

 

金沢市のお得な情報の話

マイホームを買って1か月経った。


良い家だよ。

片付けが終わって、くつろげるような状態になってから凄く感じる。

引っ越してよかった。
ただ一つ問題があるとしたら、このマイホームは千葉にあるんだが、俺は仕事で平日を金沢市で過ごしていることだ。

今年の2月から出張で、石川県金沢市で働いている。

 

全然自宅を楽しめていない。

 

というわけで(?)、せっかくなので、金沢市のお得な情報でも伝えようかと思う。


俺は今、月曜の朝に「かがやき」に乗って現地に行き、金曜の夜にやはり「かがやき」に乗って帰宅する生活を送っている。

もう一生分新幹線乗ったよ。

隣に乗る人も必ずしもマトモではないということもあって、この仕事の一番のストレスが新幹線という感まである。

 

これがまだ2月中旬から4月上旬までの出張で良かったよ。

このスケジュールであれば、たまたま週の中日に祝日がないからだ。祝日だとそのたびに家に帰らなければならない。

この意味がわかるだろうか?


通常の移動はこうだ。

月曜:新幹線で出社
金曜:新幹線で帰る

これでもストレスなんだが、中日に祝日が入ると地獄だ。

祝日は自宅に帰らないといけない。すなわち一週間の移動は次のようになる。

 

月曜:新幹線で出社

火曜:新幹線で帰宅
水曜:祝日で自宅で過ごす
木曜:新幹線で出社

金曜:新幹線で帰宅

 

JRの職員より新幹線乗ってるわ。
このように間に祝日を挟むと、その前後で帰宅しないといけないから、新幹線での往復が倍になる。


東京から金沢までの新幹線の往復チケットはだいたい2万8千円程度だから、その価格以内で祝日も金沢市内のホテルに泊まれば安上がりだし、社員の負担も軽くなるんじゃないかと思うんだけど、JTC、つまり「昭和的価値観の残る会社(という蔑称)」では、祝日のホテル代は出ないという「決まり」だから、会社にとっても「損」ではあるが「決まりどおり」に新幹線で往復せよということなのだ。

 

ここまで金沢市のお得な情報ゼロな。

金沢市の話にうつろう。

外国人とにかく多い。本当に、駅周辺では外国人:日本人=1:1くらいの割合。白人が多い。
そんで、ビジネスホテルでは外国人がほとんどすべて。

大浴場で、自分はオーストラリア人だと名乗る白人男性に話しかけられた。日本が好きで2週間滞在しているんだという。


I was surprised at ・・・・people from ・・・ world. (世界中から来てる人が多くてマジびっくりした)

みたいな、中1英語「ホライズン」のミカの最初のスピーチの方がもっとマシな英語喋るだろうみたいな英語で対応していたんだが、割と通じてよかった。
良く思うんだが、言葉の正確性より「伝えようとする気持ち」が大切だな。伝えようとする気がなければ同じ言語でも苦しいんだから。

 

で、オーストラリア人は「その理由を教えてやろうか」とのことで、ジェスチャーを含め

「アメリカ NO 」(両腕で大きなバツマーク)

「チャイナ NO 」

「ヨーロッパ NO」

と、多分だけど治安や政治状況が悪いんだろうな的な話をしていた。日本が世界のオアシスだと。誇らしい。

加えてこの円安だ。

砂漠の中のオアシスが、水全品20%オフみたいなセールやってる感じ。しばらくは慣れるしかないね。
それにあまり言わないけど今来ている客層はなかなかスマートで礼儀正しいようだ(もちろんみんながとは言わないが)。


そんな会話をしてオーストラリア人とは別れたんだが、日本人って別れ際って別に何もいわず「・・・っす」とか「・・ども・・」なんだけど、外国人との別れ際って何かしら気の利いた事言わなきゃいかんってことだけ覚えてて、これまで外国人との別れ際には「Bye」に続けて一言「Good Luck」って言ってたんだよね。
外国人との別れの挨拶はみんな「Good Luck」で良いと思い込んでいたんだ。

ホライズンのミカがそう言っていたんだからそう覚えていたんだ。

 

この英会話の正常性を、念のためGeminiに聞いたら、

【Good Luckと言われたら、いまお別れして、この先(の試練)を頑張ってねという意味があるね。彼らにはこれから金沢市で何らかの「苦行」が待ち受けるのかな?

といわれた。ミカは、ベトナム戦争に従事していた兵士とかだったのか?

 

それからというもの、Geminiにアドバイスされた通り 「 Enjoy! 」で返すようにしている。これ便利だよ。いつでも使える。


AIができて本当に英会話が楽ちんになったな~。こんなの、前までだったら「これさえ覚えればOK!英会話100フレーズ!」読まなきゃいけなかったから。
英会話講師もそういう本の著者もみんな商売敵が現れて大変だな。


そんな感じで外国人に囲まれながら金沢市で過ごし、この生活は4月中旬まで続く。頑張るよ。家に帰りたい。

ねえ、金沢市のお得情報は?

 

 

家買った

更新してなくてごめん。

2月末日、要するに昨日だが、家買って引越しした。

俺が2月を通じて全く更新しなかった理由のすべてはこの理由だ。

 

前回の投稿で「人生にとって大きい決断をした」とかもったいぶった話をしていたが、要するに住宅ローンで家を買ったということだった。

もったいぶった言い回しだったけど、住宅ローンの本審査が下りる前だったから、まだ確定的なこと言えなかったの。俺のような平気でスマホの支払い忘れるような奴には何があってもおかしくはない。

 

それにしてもこの数年間、ずっとずーーーっと家を探し続けてきた。子供が生まれた頃からだから3年以上にわたって家探ししてきた。

不動産屋にきくと、一般的な家探しの期間は半年程度らしい。

今回、2年ぶりに連絡した不動産屋の担当者から「まだ探してたんですか!?」と驚かれたのはそのためらしい。

 

でも、数千万円する人生最大の買い物を半年くらいで決めるって早すぎるよな。俺なんか玄関にデジタル時計を置くかどうかで15年くらい悩んでるよ。

しかし実際、そのくらい思い切りよくないと、良い家はすぐに決まってしまう。悩んだらもう次の日には無くなっている。

 

そのくらい思い切りが良い人の背景には、子の就学とか、転勤とか、親の介護とか、あれやこれや切迫した事情があるんだろう。俺にはない。

一応、転校は嫌だろうから子どもが小学生に上がる頃までには買いたいよねみたいな話はしていたんだけどせいぜいそのくらい。

その結果、「ああでもない」「この壁紙の色が気に食わん」とか悩んでいるうちに【もう別の人が契約しました】となってまた振り出しに戻る。

そのうち、市場から消えてしまう物件。最終的には、割と見えるように腕から先が地面が出ていてもいいから安い土地がないかと探していたくらいだ。

 

何でもそうだが、本当にそうしたいと思っている意志のある人から順番に物事は決まっていくんだ。

 

だが、ここへ来て俺の意志も固まる状況になってきた。それは高市政権の誕生だ。

急な政治ネタですまんな、だがこれはかなり我々の生活に大きな影響を与えている。

 

彼女は明らかに高インフレ、円安経済政策を推進している。

詳しい話は省くが、そういった政策が推進されると、待っていればどんどん住宅ローン金利はあがるが、逆に、インフレによって、なるべく早く借金した人が有利になる状況になる。*1

加えて、先の衆院選での自民党の歴史的圧勝。インフレ傾向はおそらくもう止まることはない。コンマ1秒でも早く住宅ローンを契約したほうがいい。

 

もう「見学のプロ」は終わりだ。

そんな決意があったから、昨年末(まじで大晦日)に、ハウスメーカーのサイトで全ての条件に合致する物件を見つけたのは偶然ではないのだ。

これまで数年間、どれだけ物件を見てもピンとこなかったし、良さそうだなと思っても2回も3回も内見にいったりぐずぐずしていたけど、これだというのを見つけた時はその日の午後に申し込みをしていたから、運命の出会いというのはあるんだ。

しかし、その出会いはきっと、真に願い、さらにこちらの受け入れ態勢が整って初めて現れるんだろう。

 

そんで、1月中を売買契約とか、ローン審査期間とかにあてて、2月末(つまり申し込みから2か月)で引っ越しに至ったのだった。

ここを綺麗に維持しながら暮らしていこうと思う。

 

 

ただ、こうしてマイホームに引っ越したはいいものの、俺はここに住むことなく、新幹線で即座に地方に舞い戻るのであった。

その話は次の更新でしよう(またもったいぶった言い方)

 

 

 

*1:インフレや円安で貨幣価値が下落し続ける局面では、なるべく早期に負債(住宅ローン)を抱えることが有効だ。例えば今1個100円のしいたけがあったとして、10年後に200円だとする。物価は2倍だ。だがインフレなので賃金もそれに合わせて2倍になっていることだろう。仮に30万円の給料だったとして、物価が2倍になるとしたら、やはり賃金も2倍近くになり、50~60万円になっていることだろう。

しいたけの値段は2倍、給料も2倍。この場合、しいたけ1個あたりの「負担」は変わらないのはわかるだろう。

 

ではそんな状況で、住宅ローンの金額も物価にあわせて2倍になるだろうか?

ならない。なぜなら住宅ローンの金額は契約書に「5000万円です」と決まっているから、しいたけの値段や賃金が2倍になったからといって、スーパーで売られている野菜のように価格が変化しないのだ。こういう、契約書などできちんと決められて動かない金額を「名目価格(めいもくかかく)」という。

 

ということは、今後もインフレが続き、給料が上がっていくならば、放っているだけでどんどん住宅ローンの「負担」が減っていく。

わかるだろう。しいたけは農家が自由に価格を2倍にできる、しかしローンは契約によって固定なのだ。

インフレの状況では放っておくだけで借金が安くなる。これがインフレ時のローンは消費者の味方ということの意味だ。

1月にあったこと

あと15分で1月が終わりそう。

後から1年間をブログで振り返ったときに、

 1月(0)

となっているのは、寒すぎて冬眠していたのかと思われそうだから、何かアリバイ作りに書いておく。冬眠をしていないことのアリバイがなぜ必要なのかわからんが、

 

■1月は基本的に仕事が忙しかった。冬眠していましたと何ら変わらん。

自分が担当している仕事がいったん1月末(つまり今日)で一区切りというわけで、その通り区切る作業をしていた。

で、区切りがついた来月(2月)から4月上旬まで、地方で勤務することとなった。左遷ではない。これは、去年もみなとみらいで2か月以上を過ごしたのと同じ事情によるものだ。

 

で、去年のみなとみらい勤務は、去年は7時00分の電車にのれば始業に間に合ってしまって地獄だった。いやみなとみらいは素晴らしい都市だったんだが通勤が地獄だった。

 

それが今度は新幹線で行く地方都市であって、楽しみしかない。月曜の朝に新幹線で向かい、金曜の夜に新幹線で帰る。その間はビジネスホテル暮らしだ。

 

何が楽しみか、そう、大浴場だ。

平和、子どもの笑顔、ビジネスホテルの大浴場。これらは俺が好きなものだ。あとアイスクリームも好き。

どこの地方都市に行くかも含め、またブログで書こうと思う。なぜなら大浴場に入った後は暇すぎるからだ。

 

■さらに、まだ発表できる段階にはないんだが人生でもかなり大きな買いものをした。

これは3台目のswitch2とかそういう話ではない。いろんな話が済んだらまた発表する。

 

■最後に付け加えると、目標としていた「情報処理安全確保支援士」に受かった。

 

去年は午後試験が4点足らずに落ちたが、今年は6点オーバーして合格した。嬉しい。

 

不合格体験記でも触れたが、やはり重要なのは「実務」なのだ。新傾向の問題となってからは、実務知識がないとなかなか解けん。

「こういうインシデント時には実際どうするか」「何か抜けている部分はないか」「どうしたら再発防止できるかお前の考える最強のセキュリティ対策を書け」・・・など、だんだん論文ちっくな試験問題に変わりつつある。

 

従って、今後とも知識の詰め込みだと「数点足らない」という事態になるだろう。

俺もセキュリティの実務そのものをやっているわけじゃないから(というかIT系といえるのかも怪しい仕事をしているから)、何をしたかというとセキュリティ実務系のウェブセミナーに何度か通った。

そこで、具体的なセキュリティ用語だとか、セキュリティ製品の使い方、CSIRTの動き方とかのイメージを掴んだ。これが試験当日の論文のでっちあげにつながったというわけだ。

次は、これも昨年落第しているネットワークスペシャリストを受けるつもりだが、2026年から大きく試験体系が変更になるとかで、まだ何も発表されていない。

目標がないと勉強する気がおきないタイプの人間だから早く何かしら発表してほしい、じゃないとまた冬眠しちゃう。