スーパーガール感想
ジェームズ・ガン監督によるDC完全新作映画にして最高傑作の「スーパーマン」を見てから、本当に丸一年間楽しみに待ち続けた続編映画「スーパーガール」を見に行った。
以下、ネタバレ含む感想。
今作が好きだった人はこのブログを見ないでください。
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■総評
女の子がオヤジをぶん殴りまくる楽しい映画だが、前作『スーパーマン』のデキには遠く及ばない凡作。
楽しみにしていた映画だったから、予告編が公開された時にすぐYoutubeで見たんだよね。その時からずっと心配していたことがある。
予告編によると、ストーリーの序盤はこうだ。
地球ではない、どこかよく分からない星で、スーパーガールが飼っている犬が、悪者の手によって病気になる。
まず、宇宙最強のクリプトン人の大活躍を描く映画で、迫ってくる危機が犬の病気かよと思った。
だが、これはあくまで導入であって、こういうきっかけを経て、最後は宇宙の大爆発、時空連続体の崩壊を阻止するような大冒険に発展していくのだろう、と思ったら、なんか予告編は「犬の命を救え!!」って感じで終わるんだよね。
おう。犬は大事なパートナーには違いないよ、時にそれは人の命よりも重い。
だがスケールでいうとどうだ?!
これまでスーパーマンは、死んだ恋人を復活させるために、地球を手でつかんで逆回転させて時間を巻き戻したような、わけのわからん事をしていたんだぞ。
なんかすっごい心配になってきた・・・。そんな、不安と期待の中で映画館に足を運んだ。
****(視聴後)****
うーむ、不安的中。
最初から最後まで犬の病気を治すだけの、心底どうでもいいストーリーだった。
いや、そもそもストーリーなんて呼べるものがあったんだろうか? 犬が病気になったから治しました。なんか「動物病院行って帰ってきた」ってだけの話じゃないかこれ?
はいはい、わかるよ、犬は大切だよ。
俺だって犬の病気治すためだったらどこまででも頑張れるよ。それは疑いようがない。
だが映画のスケールとしてはどうだ???
なんかもう一歩、いや五歩くらいすごい目的を達成するための冒険であってほしかったと思うのは俺だけか?
他にもかなり言いたいことはあるが、その前に簡単なあらすじを書いておく。
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『あらすじ』
誰もが知っているヒーロー、『スーパーマン』。彼には従妹がいた。
赤ん坊の時に地球に脱出し、親切で温かい地球人の両親に育てられた『スーパーマン』と違って、悲しい両親との別れを経験したスーパーガールの生活は荒んでいた。
彼女の心の支えは、たった1匹の犬『クリプト』。
だがある時、自分の家に泥棒として侵入した、どこから来たのかよくわからない謎の海賊みたいな連中に襲われ、クリプトは病気にさせられてしまう。殺されるんじゃないんだね。病気。
なんで病気にするかというと、その病気を治せる唯一のお薬を海賊が持っていて、それを脅しのネタに金銭を脅し取ろうというのが彼らの手法だった。
たしかに、この宇宙で最強の存在であるスーパーガールに言う事を聞かそうとするならば、犬を病気にするしかないよね。海賊賢いよ。
で、すっごいたまたま、超偶然、その海賊に両親を殺されたアジア人女性と知り合い、ともに海賊の打倒に向かう。
アジア女性は両親の仇をとるため、スーパーガールは犬を治すため。
その後、なんかたまたま立ち寄った星でぶん殴りながら情報収集したり、海賊の人質を助けたり、またぶん殴りながら情報収集したりして、最終的にスーパーガール達は海賊のもとにたどり着く。
そこでもまた、しこたまぶん殴って終わり。犬も治ってハッピー。
スーパーガールは飲んだくれ人生から、ヒーローへの道を歩み始めたのでした。
以上
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これねえ、端折って書いてるんじゃなくて本当にこれだからな。
宇宙を支配するつもりでもなく、もちろんスーパーガールを打ち倒すほどの力を持った存在でもなく、ただ「犬を病気にさせただけのおっさん」を120分間探し回って、見つけたとたんにぶちのめすだけの映画。だからストーリーなんか無いんだよ。PVといった方がいいかもしれない。
犬は大事だよ?? これは何度でも繰り返したい。
でも、スーパーガールとその犬との関わりがあんまり描かれていないから、視聴者にとっても「犬を何とかして助けたい!!」って気持ちが湧かないんだよな。
劇中では、スーパーガールがどうしてこんな荒んだ生活になってしまったのか、スーパーガールの生い立ちを振り返るシーンがあるのだが、そこでも犬はあんまり出てこない。なんか、ついでに地球に連れてきたペット以上の感じがしない。思い入れがないんだよね。
例えば、そこで両親と悲しい別れがあった後、成長の過程で常に犬がそばにいて、悲しみも苦しみも受け止め、ああそうか、故郷はどこかの土地を指すのでない、大切な存在(犬)と過ごした時間であり、記憶をいうのだ、という本作のテーマをたっぷり見せても良かったと思う。
それもなく、なんか犬が病気だからちょっと助けに行くわーみたいな感じだから、非情な視聴者のなかには「犬はもう諦めたら?」と思う人すら出てくるだろう!
ルーシーがうざすぎるし邪魔
この映画のダメなところの半分くらいはこのルーシーという女の存在だ。
上記のあらすじに出てきた「アジア人女性」(ルーシー)だが、あらすじにも書いた通り、両親の仇を取るためにスーパーガールと同行する。
本人は、殺された両親の復讐に燃え、父親の形見である巨大な剣を背負って、まるでドラゴンボールのトランクスのようないでたちで登場する。
が、こいつが作品を通して一切戦わないわけ。戦わないどころか、常にスーパーガールの足を引っ張り続ける邪魔な存在にしかなっていない。
序盤、酒場で「海賊のことを知っている奴はいるか!」と威勢よく声を出したのが最後で、あっさり剣を奪われて「あ・・・あ・・」とちいかわみたいな事になってる。
そんな、もう全く戦力にならないルーシーだが、それなら知能はどうかというと、こっちも全くだめ。
スーパーガールが人質解放のために奮闘しているシーンでは、一人で勝手に海賊に戦いを挑もうとしてノロノロしているところを、スーパーガールに助けられているうちに人質一家が皆殺しにされてしまう。
それでルーシーがスーパーガールに放つ言葉が「あんたのせいでみんな死んだ!!」だよ?
助けてもらうことしかできないのに説教だよ!?
ほんと、スーパーガールが華麗に戦っている一方で、無力なこいつがのろのろ、ぐだぐだ、「あ・・・・あ・・・」みたいなちいかわシーンが挟まるからテンポも爽快感も台無しになっている。
でも、他方で、終盤のシーンで海賊の牢屋から脱獄するときは、これまでと打って変わって、自分の体の何倍もある巨大な宇宙人を、体術だけでやっつける!
それが出来るんだったら最初からやれよ!!!
一応、作品のテーマとしては「復習は何も生まない」という、もはや擦られ過ぎて何も残っていないようなものが設定されていて、そのメッセージのためだけにこの女が出てくると言ってもいい。
最後のシーンでは、あとはトドメを指すだけの海賊を前に、剣をしまい、「やっぱりやめる」「復習は何もうまない」だと!
はい~~~~~~~!?!?!?!
「わたしが生きることが復習」?! そんな覚悟だったらそもそも旅に出るんじゃねえ! お前のおかげで結構人が死んでるからな!!!
俺がもしこの映画の監督だったら、スーパーガールの説得にも応じずに海賊の喉を描き切ったルーシーは、そのまま暗黒面に落ちて無敵の力を得たヴィランに変貌する。
そして、もはや理性をなくした怪物と化してスーパーガールに最後の戦いを挑む。それくらいやれよ!!
それもなく、ただ剣を置いて(何のために持ってきたのほんと?)田舎に帰って静かに暮らすんだと。
そもそもルーシーの両親が殺されたのも、強盗が来てるってのに気が付かずにヘッドホンで音楽を聴いていたバカ兄貴のバカ行動のせいで起こったような描写があり、あまり同情もできない。なんであんなシーンにした?
この女はこの2時間映画の最初から最後までずっとヘイトの対象になっただろう。
こいつの存在だけでももう二度と見たくない。
スーパーガールのこともよくわからん。
スーパーガールの生活があんなに荒んでいる理由もよく分からなかった。
母は故郷の星で病気で亡くなり、また、星の寿命を案じた父親によって、単身で地球に飛ばされる。
壮絶な人生だと思う。
でも、それまでは両親と楽しく過ごしてた描写があるんだよね。
地球に付いた後は、先に地球で暮らしていたスーパーマンに保護されて、ニューヨークで犬と一緒に不自由のなさそうな生活を送っている。
そりゃ孤独だろうさ。でも肉親(従兄)はいるし、犬もいるし、健康だし。
この恵まれた生活を送っている人が、映画開始時点で「酒びたり」「汚部屋」みたいな生活に変わってしまうのはちょっと分からない。
あと、ゲロ吐いたり、ドアを開けたままおしっこしたり、「荒んだ生活の表現のために、それ必要か?」と思うような品の無いシーンも多かった。
そこまでしてスーパーガールに「ダークヒーロー」感を付ける必然性も感じられない。
まあ、完全完璧な「善」であるスーパーマンの女バージョンを作っても、「それじゃスーパーマンでよくね?」となるわけだから、何とか差別化したいという理由があるのはよく分かる。
だからこそ、犬との絆も含めて、この前はこんな過酷な生活をしていて、そこで犬が心の支えになっていたんですよ~という背景をよく描いてほしかったよ。
あと、細かいことだけど、「超ダサくてイケてないスーツ」と酷評していたスーパー衣装を、復活してからは何故か装着しているのは、お約束シーンであると分かっていつつも「え?」と感じた。
犬が病気で死ぬまであと数時間という中で、何の効力もない、単に見た目だけの衣装にいそいそと着替えるかね??
そんで、あのスーツどこに隠し持ってたんだよルーシー?!
おかげで赤いミニスカート姿で戦う様子がかっこよかったけどさ・・・。
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また、「スーパーマン」映画にとって呪いのようにまとわりつくのが「どうやってスーパーマンを弱体化させるか問題」。これは今作にもあった。
だって、スーパーマンはそのままの状態だと宇宙最強だから、悪役と「良い勝負」にもならず、一方的に殴って終わりなんだよね。
だから、どの作品でも、何らかの手段で、何とかしてスーパーマンを弱体化させる。
最近のDC映画だと「クリプトナイト」という謎の鉱物で突き刺されたりすると、途端に地球人並みの超弱体化してしまうという設定があるね。
あと、「黄色の太陽」が輝く空間であれば超パワーを出せるが、逆に、「緑色の太陽」が鈍く光る惑星では、ほとんど動けない病人のようになってしまうという設定もある。
本作品では後者の「緑色の太陽」が出てきた。
海賊を追いかけてたどり着いた惑星は、緑色の太陽が出る、スーパーガールのようなクリプトン人にとっては「死の惑星」だった。*1
で、情けなく力を失い、洞窟の中で寝っ転がるスーパーガール。
このシーンが長い。熱中症でずっとうなされている姿なんかそんなに長々と見たくないんだよな。
さらに、その間でも勝手に出歩いて、あっさり捕まるルーシーにイライラ。
まあいいよ、これで敵の船の中に潜入して、例えばそこで、人工的に黄色い太陽のエネルギーを放出する装置を持ち出してきて、スーパーガールを復活させるとか。そしたらルーシーの存在も輝いたろうね。
でもそういうことにはならない。
まるで月が沈んだあとに太陽が昇るように、緑色の太陽はやがて沈み、かわりに黄色い太陽が昇ってそれで回復する!!!
え!? 時間経過で良かったの?!!
そしたらルーシーってほんまにただウロチョロしてた女じゃん・・・。何のドラマ性もへったくれもない。
復活したスーパーガールに誰も敵うはずもなく、あっさりぶん殴って終わりだからな。
敵(クレム)も何がしたかったのかよくわからん
さっきから「海賊」と呼んでいるのは、宇宙の悪党集団「ブリガンズ」という連中。
そのリーダー「クレム」が本作の悪役で、その悪行が上記したように、何と犬を病気にしちゃう。
もうそれはいいんだが、宇宙に名をはせる悪党なのに、その犬を治すための薬がはいった小瓶を、後生大事にずーっと首からぶら下げてるんだよね。なんでだよ!
それもよしとしよう。
このブリガンズ、完全に金銭目的の不良グループみたいなもんで、別にスーパーガールに恨みがあるというわけじゃないんだよね。たまたま強盗したら、たまたまスーパーガールの家で、たまたまそこにいた犬を病気にしちゃったから、たまたまスーパーガールに追われているだけ。
なので、命の危険を感じたら、そんな犬1匹くらい、病気を治しちゃえばいいのに!
どうして自分の命をかけてまでスーパーガールと対決する必要があったんだろう?
例えばスーパーガールの持つスーパーエネルギーを抽出して宇宙の王になって、宇宙の星をすべて征服する(果ては地球まで)、犬はそのための人質だ、とかならまだわかるよ。なんで犬を病気にさせたのか最後まで不明だからな。
「病気にさせて、それを治すのと引き換えに金銭を要求する悪党」という説明はあったけど、スーパーガールの犬を病気にさせたからって、別にスーパーガールに何も要求してないんだよ。ただ「犬がいたから」病気にさせただけ。。
こいつはこいつで、なぜ宇宙の悪党になったとか、何のために戦っているとか、そういう背景が一切説明されないから、行動原理がわからないし、あと、ショボい。
良い面も少しあった
見に行って良かった、というシーンも無くはない。
まず、スーパーガール役のミリー・オールコックが素晴らしい。本当に良かった。
ティーンから分別のある大人に向けての葛藤や捨てきれないモラトリアムをものすごく感じた。これは疑いようがない。
また、バトルシーンが多く、腕の細い白人女性が、女の子の人身売買をやってるクソオヤジどもをかたっぱしからぶん殴りつづけるもので楽しい。
考えてみると20歳くらいの女性が延々と男を殴ってる映画ってないよな??
また、序盤で宇宙船をスペースジャックされた時のバトルは、小型のワープ装置を賢く使って戦ったり、黄色い太陽でエネルギーを得てからは期待通りの超パワーで圧倒したりと、見ごたえがあった。
あと、スカートスーツ姿のスーパーガールが超可愛い。
あの姿で飛び回って殴りまわるシーンだけを見ていたかった。やっぱりこれは映画じゃなくてPVの類だ。これを大画面で見られるということが、この映画を見る理由の7割以上を占めている。ただ、男どもをぶん殴る強い女を描いた映画で、フェミニンなスカートをまとって活躍するシーンを推すというのもどうなんだろう? やはりジェンダーからはフリーになれないのだろうか? そんな問題意識は芽生えた。
あと、何といっても「ロボ」という名の賞金稼ぎ野郎の存在が良かった。
完全な脇役で、出番も多くないんだが、いいキャラを出しているし、「理由」を胸に戦う女子2人に比べて、ただ金銭目的で戦う男の対比があって凄く良かった。
ただし、「共闘」はしてないし、最初にスーパーガールがロボを見かけた際に、スーパーガールが「宇宙最凶の神を自認してるやばい奴よ・・・目を合わせちゃダメ」とめっちゃビビってるんだが・・・そこまででもなくない?
あっさり敵の海賊に捕まってたし、スーパーガールの方が何万倍も強いだろ。
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感想としては以上。
こんな感じで、だいたいのシーンに必然性やストーリー性が感じられず、また押し付けられているテーマ性も背景の説明が不十分だから浮いている、キャラクターにも終始イライラする、そんな映画だった。
はっきり言って(俺ほどのスーパーマン大好き少年でなければ)『駄作』や『クソ映画』と言われても全く不思議じゃない。
それでもまあ、「バットマンVSスーパーマン」ほどではないが・・・。
また、救いもある。
最後のシーンで、スーパーガールは地球に帰ってきて、そこで従兄のスーパーマンと会う。
そこで「しばらく地球にいる」と発言する。
次回作である「スーパーマン: マン・オブ・トゥモロー」での共闘がくるぞ!! こんな映画を見せられても、次回作には期待したい。
ていうか、酷評の続きだけど、スーパーマン(一族)には地球で戦ってほしいんだよね。
スーパーマンのその圧倒的な力は、本当に想像を絶するものだけど、それは地球にいるから「うおーこんなにすごいのか」って理解できるんだよ。
たとえば崩れていくビル一棟を支えたり、ほとんど瞬間移動して子供を事故から救ったり。
宇宙空間だと、宇宙人が相手だし、なんか宇宙っぽい設備とか空間で戦うし「この力が相対的にどこまで凄いのか」が理解しづらいんだよ。
だからなるべく身近で戦ってほしいと思うんだ。
ほとんどが批判的な内容となってしまったが、頼むぞ次回作。
