「イクメン」と呼ぶのではなく、その逆にしたらどう。

今、世間では男性にも子育てに参加させようという趣旨で、「イクメン」というキャンペーンを張っている。でも、このように、一般に広めたいものに「イクメン」だのという名前をわざわざつけて特別視するのはあんまり意味がない、という話を今日はする。

  

・あだ名は「特別」なものにつけるもの。

 

イクメンキャンペーン」は、育児をする男性を増やす目的で厚労省が始めたものだけれど、このように、一般に広めたい存在を特別扱いすることはあんまり有効ではない。 なぜなら、基本的に、こうした「特別扱い」は、「特別な」存在として際立たせたい場合に行うものだからだ。

 

「特別」ってのは、その言葉のとおり、ものすごく多い何かの中にいる、特殊な存在ってことだよな。

で、「育児をする人たち」を「普通なこと」にしたいのに、彼らを「特別な」存在として扱うのは、他に大多数の「育児をしない人たち」がいるという事実を前提としている。

こうした世の中の流れを変えるためには、一般の意識を変える必要があるのだが、イクメンと名付けている限りは「特別な存在」の域から抜けることができず、結局のところ「育児する男は特別な存在」だという意識が変わらないことになる。

 このように考えると、一般化させたいものに特別な名前をつけるキャンペーンは、全く無意味と言わないまでも、それが世間のスタンダードとなることはないか、あるいは非常に長い時間がかかってしまうと思われる。

 

・「禁煙スペース」から「喫煙所」への変化

 

 それじゃ、どうしたらいいのか、その答えは昔っからのタバコ対策キャンペーンが教えてくれる。

俺が小学生~中学生の頃(だから20年くらい前)、この国では普通に会社のデスクでみんながタバコを吸っていた。会社のデスクで吸っているくらいだから、他の公共スペースや飲食店なんかでも推して知るべしの状況だったのだろうと思う。

 でも、それじゃ受動喫煙の心配もあるし、だいたいマナーとしてどうよ、って話になってきて、まず始まったのが「禁煙スペース」をつくる取組みだった。

 多数の喫煙者にぎりぎり配慮した結果だったのだろうけれど、このキャンペーンだと、まず「喫煙するのが普通」であって、その中で「特別に禁煙スペースがある」という状況は、ずっと変わらないことになる。 現に、当時レストランなんかに行くと、だいたい喫煙可能な席で、隅っこの2~3テーブルだけ禁煙席があるような感じだった(ガラス戸も敷井もなし)。

 

それが、だいたい俺が大学生(2000年代中盤)の頃から、WTOに怒られたのか、もっと分煙をしっかりしろという取組となって、はじまったのが「喫煙所」をあちこちに作ることだった。

特別視する対象を「禁煙」から「喫煙」に切り替えたんだ。

これによって、「吸わないのが普通」で「吸うならここでしてね」というように、認識の前提が変わったんだな。で、今では全面的にタバコが吸えない施設が多くあり、飲食店にも波及しているといった状況にまでなった。

 

・問題視したいものを特別扱いする。

 

この例から言いたいのは、タバコの害や喫煙者のマナーうんぬんでは全く無く、とにかく問題視したいものの方を特別扱いせよという原則だ(こうしたことを心理学で「アンカリング」という)

 

育児する男性の話に戻すとどうなるか。

育児をする人を「イクメン」だの特別扱いするのはやめて、逆に、育児をしない男性に「ネグメン(ネグレクト・メン)」だのという名前をつけてキャンペーンをはったほうがずっと効果的だということだ。

 ただ、あんまり最初からそんなありがたくない名前を進呈するのも反発を生むだろうから、タバコの例のようにまずは禁煙スペース(イクメン)でも良いが、どこかのタイミングで喫煙所(ネグメン)に切り替える必要があると思われる。

 

・他にも使える

 

で、この事は、世の中に「普及させたい」全てのキャンペーンについて適用できる。

たったひとつのルールは、「無くしたいものを特別扱いする」だ。

 

電車内で妊婦とかお年寄りに「席を譲りましょう」「譲ったあなたは偉い」というキャンペーンをするのでなく、「なんで譲らないの?」「そんなに座りたい?」などという、「譲らない側」にスポットをあてたキャンペーンをはる。

 

長時間の残業を減らしたい場合は「早く帰りましょう」というよりも「まだ残っているの?」あるいは「こんなに残業をしている人たちがいます」などという一覧表を作る。

(その意味で、「ブラック企業コンテスト」は非常に良い取組みだと思う)

 

 ちなみに、この方法は、マーケティン業界ではすでに手法として確立されてる。

例えば、お得なポイントカードに加入してほしいとき「こんなにお得なポイントなんですよ。入ってください」ではなく、「こんなにお得なのに、まだ入ってないの?」と呼びかける(実際にそうした広告を見た人もいるかと思う)。

このように、入っていない人のほうを特別扱いすることで、逆に「入るのが普通なのかな」と思わせるやり方だ(もちろん、そんなふうに言われたらむしろ反発して意固地になるわという人も当然いるだろうけれど)。

 

免責条項

 

なお、念のために言っておくと、俺はこの「子育ては男女がやるべきか」だの、「そもそも性別とは」だのといった、太陽の寿命が尽きる頃まで争いが終わりそうにない面倒くさい議論に付き合うつもりは、中性子の大きさほどもない。そもそも俺には、人に言って聞かせるジェンダー論も子育て論も何も無い。

 

育児をしない男親に「ネグメン」だなんて名前をつけろだなんて主張に対しては必ず、家庭の事情とかいろいろある中で、子育てしたくてもできない男が強制的にそんな蔑称で呼ばれるのはどうなのか、という意見が出てくる。そんなのは知らん。

 そうではなく、俺が今回言いたいのは「効果的なキャンペーンの貼り方」という話であって、その点から、男性の育児を一般的にさせたいにも関わらず「イクメン」って名前付けるのはあんまり有効じゃないぞという趣旨の話をしたかった。

 こうしてきちんと免責しておかないと必ずジェンダーやタバコ分煙の是非に関する反論がくるので一応書いておいた。