古着の話

先日、妻に連れられて初めて古着ショップに行ったけどめっちゃ良いな。

今まで古着っていうと、基本、穴は空いてます。空いてる穴の数に応じて値段が安くなります。みたいなイメージだったのね。または、タグに「さとし」「かいと」「れん」とマジックで書かれていて、これまで何人にお下がりしてんだよ!俺の名前書くところもうねーよ!!みたいな服ばかりのイメージ。

だが、

めっちゃ綺麗! なものもある! 新品すらある。

それも、買うと2,3万円するようなものがその10分の1くらいの値段で売られている。

そういうブランド物は品質も良いから、古着であっても全然崩れていないから長く使える。

なので、妻に古着ショップを紹介されて以来、自分だけで千葉の6店くらい回っていろいろ見ている。こんな凝り性な奴とよく結婚したよ妻も。

 

ところで古着というと「これまで誰が着たか分からないものは汚らしい」という印象がどうしてもある。それはとてもわかる。先ほどの「さとし」「かいと」「れん」の例のように、よくこれで売ったな〜というのが少なからずある。

「これまで誰が着たかわからない」というのは、情報の欠如による無性な不安でもある。

そうしたことに抵抗感を覚え、古着なんてそもそも受け付けない、着ている人なんか信じられないという人もいるだろう。

 

そこで俺は、そういう不安を打ち消す方法をひとつ考えた。

街中の古着ショップのほか、中古の服はメルカリなどでも買える。

そして、メルカリだと出品者が明らかであり、古着を売っている出品者は、しばしば自分の服をたくさん出品している。

古着はそいつからだけ買う。これだ。

そうすると、古着全てが、そいつのお下がりになる。

これまでに誰が着たかわからない。誰が触れたかも分からない。という状況は一変し、君は住所も名前も分かる誰かの着た服を着ることになる。情報の非対称性は限りなく少なくなり、抵抗感が減るだろう。しまいには、お下がりばっかりくれるその人を「自分の兄ではないか?」と思うようになる。

どうですか、古着に抵抗がある人に向けた、この「決まった人の古着しか買わないメソッド」。

 

とりあえず古着はいいぞ。騙されたと思って一度みにいくといい。