AV女優への規制と、カカオ農園で働く子の話、どこがおんなじ?

最近、「AV新法」が、むしろAV女優たちを苦しめているとして話題になった。

AV撮影の1ヶ月以上前に契約が必要だったり、撮影後も4ヶ月間は公表することができないなどの規制が、AVの業界そのものを萎縮させ、結果としてAV女優として働いていた人たちから仕事そのものを奪う結果となっている。


この法律を作った人たちは、AV女優を守りたいという気持ちが少なからずあったのだと思う。
でも、結果を見ると、「意に反して撮影させられた人」の権利は守られるだろうが、多くのAV女優から職を奪い、むしろ彼女らを苦しめかねない状況になっているようだ。

 

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これとおんなじよう(なことになるだろう)話を、最近見た。
国内のあるチョコレートメーカーが、原料に使うカカオを児童労働に頼らず収穫されたものに切り替えたんだそう。


こういう「不買運動」は、上記したAV女優に対する規制とだいたい同じような事になる可能性がある。


カカオを使う子どもたちとAV女優と、どこがおんなじなのか。

 

カカオ農園から【解放】された子供たちは、学校へ通うのか?


ろくに学校へ通わせてもらえず、小さい頃からカカオ農園でこき使われるアフリカの子供たちは、哀れというほかない。
できれば救済してあげたい。


SGDsという流行り病にかかった崇高な使命を抱いたチョコレートメーカーのみならず、俺だってそう思う。

が、そこで「そういう子どもたちが作ったカカオは買いません」としてしまうのが、本当に良い結果になるか、俺は甚だしく疑問なんだ。


チョコレートメーカーの考える素晴らしい未来は次のとおりだろう。

 

①メーカーが、子どもたちの作ったカカオを買わない。
②アフリカの悪徳カカオ農園は、もはや子供たちを雇用していると損だから、彼らを解放する。
③子供たちは学校に行けて幸せ、カカオ農園も心を入れ替えてまっとうな経営を始めるだろう。

 

①と②は、たぶんそうなる。
でも、③は本当に言えるだろうか。

 

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そもそもなぜ子供たちはカカオ農園で働いていたのだろうか。
皆さんはどう思う?

 

子供たちはカカオ農園で働く理由、それは、極貧の家計を助けるため、家族を養うために子供ながら仕事場に送り込まれているのだと思う。

そうした子たちから「労働」を取り上げました。

で、その子たちはめでたく学校に行くんだろうか。

 

「農園の労働から解放された子たちは、もちろん、高額な学費を支払った上で勉強して、将来は立派な人物となってアフリカの発展に貢献するだろう」

チョコレートメーカーはそう考えたに違いない。

学校に通うことは将来への投資だから、貧困から脱出する最適な方法の一つだというのは同意する。
が、そもそもそうした事ができないくらい貧しいからこそ、農園で働いていると考えられないだろうか。
だとしたら、カカオ農園から追い出された子供たちはどうなる?

 

状況は今よりも悪くなるだろう。
収入源を奪われた家庭は更に貧しくなり、学校へは当然通えず、もはや児童労働「させてくれる」場所もなくなってしまった。
そうなれば、残ったのは「労働」とも呼べないような、例えば男子は奴隷として売られたり、女子は売春するしか無くなってくるだろう。

 

それらのひどい扱いと「カカオ農園」と、どっちがマシかね? 

それを考えた結果として、彼ら子どもたちは、今日も仕方なく農園で働いているのだ。*1


もちろん、子供たちは自分の意志で働いているわけではなく、だいたいは親に送り込まれているのだろうが、それでも話は違わなくて、彼らの環境では、より稼げる、より継続できる選択肢として、あの悪徳カカオ農家は存在している。

 

日本で不自由なく暮らす俺からしたら、可哀想な話だと思う。
でも、それを他人が「まぁかわいそうに」といいながら、子どもたちから「カカオ農園で働く」という選択肢を奪い去ることは、本当に正しいことなんだろうか。


個人的に、チョコレートメーカーがやるべきなのは、子供たちから選択肢を奪うことではなくて、そういう選択肢しか用意できない環境そのものを改善させることなんじゃいかと思う。


(例えば、子どもたちへの直接の就学支援、金銭面での支援だ。こうした給付が、結果として【早急に】子どもたちをカカオ農園から追い出すことに繋がるのでは?*2


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AV女優をAVから【解放】したら、何して働く?


AV女優の話に戻る。

AV規制を考えた議員さんたちとしても、次のストーリーを考えただろう。
 ①AVメーカーに大きな規制を課す。
 ②規制の負担に耐えられない(資金力がなかったり、売れない)メーカーは潰れていく。
 ③女性がAV業界から解放されて、輝く生活を手に入れ、幸せになる。

 

これも①、②までは実現するだろう。③はどうだろう。


女性たちは、そもそもなぜAV業界で働いているのだろう。
プライドと想像力を持ってAV業界で働いている人にとって、この話は侮辱以外の何にも感じられないだろうが、個人的な印象では、十分に豊かであれば、性産業(セックスワーカー)を仕事には選ばないように思える。


裏を返すと、性産業で働こうとする人の大部分は、労働時間に対して収入が良かったりする仕事に魅力を感じたからだろう。

 

このように、人は、基本的に、いろいろ他の選択肢を比較して「他よりもマシだから、辛くてもやる」という決定をする。
とくに経済学を重んじる俺は、このような人間の理性や自己決定権を重視する。

 

でも、AV規制を強くしようとしている人はそう思っていないようだ。

「AV女優はひどく知能が低くて、正常な判断が行えないか、または男性から脅迫されたり、騙されている」
実際に、誰とは言わないが、AVは「女性を性的に支配することを目的に、購買者がそれを楽しむ『加害映像』」とまで言っている活動家もいるようだ。
加害映像に好き好んで出演するような人は頭がおかしいというわけ。*3

 

「だから、私達が法律で救ってあげなきゃいけない」

こういうのを「パターナリズム」とかいう。
賢い私こそが「彼女らにとって何が一番いいのか」がわかっていて、彼女らは私に従ったほうが良いに決まっている、というわけ。

 

こんなの、親子間の関係でも少々ウザいものがあると思うが、それを全く見ず知らずの他者にやろうとしているんだから大胆だなと思う。*4


で、AVから【解放】された女性たちは、その後どうする??

「たくさんお勉強して、司法試験に合格して、将来的には恵まれない女性たちを救済する正義の弁護士となるでしょう」
「介護のお仕事と繋がる方法があります」
活動家の連中はそのように言う。

かつどうかからすると、AVから解放された女性は、まるで羽を伸ばした鳥のように「まっとうな」社会に羽ばたいていくものだと思っていることだろう。
でも本当にそうだろうか。

AVから追い出された彼女たちに残されたのは、もはや規制も何もない、危険で、人権なんか全く考慮されないような、売春や、撮影であっても「個人撮影」や「同人AV」などという、いわゆる地下とよばれる業界で活動していくしかなくないのじゃないかと思う。
そこには、もはや、これまで彼女たちを曲がりなりにも守ってきた業界慣習すらも存在しないだろう。*5

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「その人が決めたこと」を重視するのが効率的だし、人権の保護だと思う。

 

さっきも言ったけど、俺は経済学を重要視する人だから、たとえ客観的には「可哀想」と思える道であっても、自分が決めた事なのだという「自己決定性」を重視する。

それに対して、

「そうではない、あいつらは、何が自分にとって一番良いのか分かっていないんだ。」
「私はあの人達にとって一番良い選択肢が何なのか分かっている。」
と言うのは、ひどく傲慢な態度のように思える。

 

(自分の基準からいって)可哀想だから、そこから解放してやる、という
のであれば、少なくとも、彼ら・彼女らの、その後の生きる道も用意してあげなきゃいけない。

それが責任だと思う。

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子供が働いているカカオ農園の不買運動も、結果的にAV女優を追い出すことになるAV業界規制も、実際にそこで働いている人の動機や状況をあまり考えない、逆効果になりうる行動という点で、よく似ているものだと思う。


過干渉というか、「毒親」的というか。

で、他方の極には「放っておいて、なすがままにしろ」という意見もある。
これはこれで問題がある。
放っておかれすぎている(=まともな行政が無い)から貧困が発生するのだ。

 

「正しい選択肢を全部私が与えてやる」という極端と、「全部放っておいてなすがままにしろ」という極端の、どのあたりかでバランスをとって試行錯誤するのが政治の役割なんだが、「イデオロギー」という別の問題に飲み込まれ、あまりうまくいっていないようだ。

 

*1:こう言うと、「そんじゃあお前がそこで働いてみろ」という話に少なからずなる。
俺は働きません。なぜか? カカオ農園よりももっと割の良い仕事を選んでいるからだ。
「自分の技能や環境から、まだマシな選択をしている」
この理屈で働くのは、カカオ農園の子たちも俺も同じだ。

*2:とは単純にいかないらしい。発展途上国では「教育投資」はひどく軽視されている。来週の食べるものに困っているのに、何十年後かの収穫なんてアテにできないのは当然だ。
だからそういう状況で、子供に金銭面の支援をしたところで、必ずしも学校へ通うようになるとは限らない。ただ、そうして教育が軽んじられている状況にあって、単純に労働の場を奪うことで、子供が学校に通うことはなおさら無いように思われる。

*3:こう書いたが、もちろん、AV出演への強要などは社会問題として存在するんだろう。
が、それは現行法ではなぜ処分できないのか、俺にはよくわからない。
そもそも今回のAV新法は、民法成人年齢が18歳に引き下げられたことで、これまで20歳まで認められていた「取消権」がなくなっちゃったのが議論の始まりだったのだという。20歳までは、AVに出演しても、あとから「やーめた」ができたのに、いまやそれができるのは18歳までとなってしまった。このおかげで「20歳まではまだガキなんだから、分けもわからず、またはちょっとしつこく勧誘されただけで断れずに出演しちゃうかもしれない」という問題意識が生じたようだ。

そんなら民法を改正してまた20歳を成人にしたらどうなの。18なんざ、まだガキだというわけだから。それはさておき、少なくとも、業界全体を激変させるような設計変更を行う正当性は無いように感じられる。

*4:もっとも、たまに、本当にそういう措置が必要な人はいる。
身が破滅するまでギャンブルを止められず、消費者金融や他人から金を借りまくってしまったりする人だ。
そういう「ギャンブル中毒」という病人に、法律で借金出来なくさせるのはまだ合理的だろう。
それでも過保護だという人もいる。

*5:個人撮影にもAV新法は適用されるというけど、販売メーカーでもないのに、本当に実効性が担保されるのだろうか。