家に消防車呼ばれたことあるか?

みんな~家に消防車呼ばれたことあるか?


俺はある。社会人になってからある。

 

 

 

俺はその日の朝から、フライパンで豚肉を山ほど焼いていた。
俺は朝から結構重たいもの食う。

 

うちの賃貸マンションはそこそこ新しい建物なんだが、換気扇の調子があんまりよくなくて、というか豚肉を大量にフライパンで焼くのに耐えられるようにはできていなくて、この日も、煙がもうもうと立ち込める限界の台所に俺はいたんだ。
なんかもう煙で目がしみてきて、痛くてあけていられない。料理どころじゃない。


君ならどうする? 写真をSNSにアップして「ちょっとしたボヤ騒ぎなんだがww」とか言ってイイネをもらったその次の行動だ。

いったん火を止めて、部屋の窓を全開にしてとりあえず煙を逃がすだろう。
それでなくとも換気扇が全ての煙を吸い込み終わるまでヨーグルトでも食べて待っているだろう。

 

ここで君に課せられた制限をひとつ発表しよう。とりあえず火を消すのは無しだ。なぜなら俺は豚肉を一刻も早く食べたいからだ。
そしてもうひとつ。窓を開けるのも無理な相談だ。なぜなら、俺はこの日の朝から部屋を結構掃除したり、換気して、ピカピカにしてあるんだ。お香も炊いた。そこに大量の豚肉の煙が入り込んだらどうなる? ピカピカのマンションの部屋が肉フェスみたいなことになるだろ。さあどうする?

 

俺がとった行動、それは玄関を開けて、そこから煙を逃がすということだ。玄関も外につながっているし、部屋を通さずに煙を出すことができる。

窓がだめならここから煙を外に逃がすしか無いよな。

俺は願っている。この世界のほとんどすべての人間が「うん、そうだよなうん」とこれに同意してくれることを。
(ただほんの少しの優秀な人たちが「え?!」って思うかもしれない。)

 

俺は玄関を開いて煙を外に逃がすことにした。

部屋中に立ち込めた煙が一目散にマンションの廊下に飛び出していく。廊下といっても吹きっ晒しだから、すぐに外気と交わるから大丈夫。その後にひらかれた裁判で、被告である俺はそう証言したのでした。

 

が、マンションの廊下には煙感知器の設置が法律で義務付けられてるらしく、このマンションも当然くっついている。

で、この煙感知器というのはほんのすこしの煙でも大騒ぎをするもんだ(というか普通、マンションの廊下に煙なんてたたないだろうから、ほんのすこしの煙でもあいつらは反応するようにできているんだ)。

 

時は朝の8時だ。そんな時間に1頭分の豚肉を焼いている俺もどうかとは思うが、更にどうかと思うのが、休日の朝の8時に寝ているマンション住人を全員叩き起こすのに十分なほどけたたましい非常ベルの音だ。

 

さあどうする? とりあえず豚肉食べてから考えようか? いやさすがにこっちが先だ。
玄関の外に出て、非常ベルが鳴っている器具を確かめてみるけれど、ベルを止めるような仕組みがどこにもない。装置の表面には電話番号が書いてあるから、そこに電話をしてみる(この間もけたたましいベルが鳴り響いている)。


管理会社のお姉さんが出ると、すぐに「ほかからも連絡がきている」としたうえで(さすが早いな)「そのベルは私たち管理会社しか止めることはできない。今から急行するけれど、20分くらいかかるかな」ということだった。

うわ~あと20分鳴るのかコレ・・・。


絶望とともに部屋に戻ってきた俺はパニックになりながら考えた。

俺ができることはなんだろう?

あ、そうだお昼前には出かけなきゃいけないからシャワー浴びないとだ。
というわけでお風呂場に行って水を出すと、シャワーの音で警報機の音がかき消されてあんまり聞こえなくなった。あ、止まった! そうか、こうして警報機の音を他の音でかき消せば、音は止まったことと同じことになるんだ! そうだったそうだった。

 

で、優雅にシャワーを浴びて、「頼むからもう警報機止まっててくれ・・・」と思ってお風呂から出てくると、うわ~こんなにもデカい音でまだ鳴ってるわ・・・というくらい元気よく鳴り響いている。


そのうえ窓の外に消防車が止まってる!!
更に、ちょっとパニックになっているオバちゃんが「このマンションからです!!」と聞こえてくる!!

 

ああ俺の人生もここで終わりだ…というか、終わりでなくとも、この歳になって公的機関の人から真面目に怒られるんだ…と思うとものすごく気が重くなってくる。


とりあえず炭になった豚肉は捨てた。何故だかすごく食欲がないからだ。

髪の毛を乾かして服を着て、おそるおそる窓の外を見てみると、消防車2台とパトカー1台止まってる! え? 逮捕されるのか!?

やば~早めに会社に連絡したほうがいいかな? と本気で考えているとドアを叩く音がした。
君ならどうする? 窓から逃げる前提として、ブラジルかインドネシアかどっちに身を隠す?

 

観念してドアを開くと、いやあよくそんな大勢でお越しになりましたねえってくらいめっちゃ消防員おる。学校のクラスの1つの川くらいおったわ。
で、多分むこうはもう俺の部屋が火の海だろうと想像してるもんだから、大丈夫ですか!! って言いながらドカドカ入ってくる。

少し身をかがめながら俺の部屋に入ってくる。

で「なんだこの、朝に掃除してピカピカになったばかりの部屋は」だからな。
火がない!いや俺は知ってるんだけど・・・。


世にも奇妙な物語の登場人物たちみたいな不思議な顔をしている消防員に、どうする? 事情を話すか? 豚肉焼いてたんですって言うか? まあ大人なら言うよな…。


「もしかしてクローゼットが燃えているのか??」とおそるおそるクローゼットを覗き込んでいる消防隊員の人に、俺が申し訳なさそうに「すみません、豚肉を焼いてて…多分それだと思います」と白状した。

が、消防隊員の隊長みたいな人が「いや、この部屋に設置してある感知器が反応してないんで、この部屋が原因ではありません」と言って、隊員を率いて隣の部屋へ・・・。

あ、もしかして俺のせいだと思われてないのか? と思う一方でうわ~この事情聴取もしかしてマンションの部屋の人みんなにやるのか??? と思いちょっとパニックになる。


一緒に警察官のひとも来ていたから、その人をつかまえて「ここで焼いていた豚肉の煙が、マンションの廊下に出ていって、それで感知器が鳴ったんだと思います」と言ったら、「いや普通はそういう家庭の煙であんな廊下の感知器は反応しないんですよ、よっぽどでない限り」と言ってくれたのでよっぽどな煙だったんだろう。

 

お前誤魔化してるんじゃねえと言われるかもしれないが(実際のところ誤魔化してるんだが)俺は結構しつこく「俺が豚肉を焼いてそれで感知器が反応したんです!」「俺の!!豚肉が!!」って言ったんだけれど、「常識で考えてそんな馬鹿なことがこの世界にあるわけない」と思われたのか、結局その感知器は「誤作動」か「いたずら」ということになった。いや~、そんな馬鹿なことするやつがいるんですよねえこのワールドに・・・。

 

本当に申し訳ないのと、ああ逮捕されなくてよかった・・・という複雑な安堵感を覚えたのを覚えている。


でも、俺が受けた罰としては、その後しばらくはまた警察官がうちに来るんじゃないかとビクビクして過ごしていたことだ。というのも、俺の玄関の前には監視カメラがばっちり備え付けてあって、後からそれを確認すれば、部屋から半身乗り出して、ドアをまるでウチワのようにバッサバサ開け閉めしながら尋常じゃない量の煙をすべて廊下に逃がそうとしている悪質な犯罪者の姿が写っているのがわかるからだ。


みんなも、豚肉を焼いてもその煙を決して玄関側から逃がそうだなんて、ゆめゆめ思わないことだ。消防車くるぞ!


(公的機関の方まことに申し訳ございませんでした)